『なんで山登らへんの』の転載を終えて

『なんで山登らへんの』の転載を終えて

 23回に亘った『なんで山登らへんの』の転載が終了した。
 この記事は1996年から97年にかけて、〈山と渓谷〉誌に連載したものだった。
山渓連載の記事はいつも、終了後すぐに単行本になっていたのだが、なぜかこれは例外だった。
 1996年とか97年といえば、いまから15年前になる。ぼくが高校教師を止めたのが、1990年。
 当時の世界の状況を見てみよう。
 80年代に入ってドルの信用低下に不安を覚えた先進五カ国は、円高ドル安に誘導する為、アメリカ・ニューヨークのプラザ・ホテルに集まった。この1985年のいわゆる「プラザ合意」によってドル安円高が起こり、これを防ぐべく日本政府がうった過度な対策の結果、バブルが発生した訳だ。
 でもこうしたことは、後になってわかる訳で、その当時はそんなことはなにもわからず、54歳のぼくは、宮仕えを止めて自由の身になってなんとなくおおはしゃぎ。円高のうまみを享受しながらアメリカヨーロッパと渡り歩いていた。
 
 正直いってこの『なんで山登らへんの』の連載はすっかり忘れていた。
 この転載の前、〈Oh!PC〉に連載していた『パソコンつれづれ草』を転載した。これは、スティーブン・ジョブスが死んでパソコンのことを書いたとき、この連載のことを思い出したからだった。
 この転載が終わった頃、誰かが「おもしろかったですねぇ。昔のことをいろいろ思い出しました」といい、別の人はけっこう予言的な内容もあるとあの山渓の連載も載せたらとすすめたのだった。ええっ、そんな連載あったかいなと〈高田直樹著作纂〉を見てみると、『なんで山登らへんの』があった。
 思い出してみると、あの頃編集長は神長氏で、ぼくの連載の担当は若菜というおねえさんだった。若菜は毎月決まったように電話してきて、どんな内容かを聞きだし、なんか難癖めいたことをいうので、時として腹立たしいこともあった。
 編集者には二種あるようで、『なんで山登るねん』の節田さんなどは、常におだてながらはしゃぎ、テーマの設定に加わっていたようだ。とはいえ彼女もその頃には山渓では消えつつあった有能な編集者だったに違いなかった。現在は別の出版社で、頑張っていると聞いた。

 記事の転載はスキャナーとOCRソフトで行った。スキャナーはCanonMP640プリンターのもの、OCRソフトはプリンターに添付されている「読取名人」を使った。OCRというのは、今調べて知ったのだが、Optical Character Readerつまり光学文字読取装置のこと。
 こうした機器の進歩は凄いとしか言いようがない。当時スキャナーは大変高価なものだった。OCRソフトも読取精度は悪く、九十数パーセントの精度だったと思う。今回きっちり調べた訳ではないのだが、その精度はおそらく99.9%を越えているのではないかと思う。つまり誤読が400字詰め原稿用紙で4文字以下ということだ。
 プリンターにしてもすでにインクジェットがあったが、そんなに安くはなかったし、なによりも遅かった。
 それがいまでは、スキャナー一体型の複合機が一万円前後から数万円で入手出来るのだ。

 OCRが読み取ってデジタル化したOCR原稿を直しながら、ぼくはなにか15年前にタイムスリップしたような気分になっていた。
 それにしても内容はいただけない。なんか酔っぱらって言いたい放題という感じもあるし態度が大きすぎる。文章も推敲がなく、やっつけ仕事が見え見えで、まさに汗顔の至りであった。単行本にならなかったのも当然だと思った。
 それはそれとして、この15年のビフォーアフターはぼくにある感慨をもたらしたのも事実である。
 ネット帝国主義のアメリカに完敗しているこの苦々しい状況(注参照)の中で、IT環境の発達つまり携帯電話の普及、オンラインショッピング、コンピュータの進歩などが明瞭なのだ。
 一方政治状況にはあまり変化が見られない。依然としてちまちました政争に明け暮れている。政治家もちまちましたものどもが、衆愚政治に奔走しているかのようである。
 年金台帳をデジタル化する時に当然必要とされる国民背番号制を、行わないままに平気で同姓同名を入力し、堂々と国民のお金を盗み取るという大犯罪を平然と行ったまま、その責任者は明らかにされることもない。
 日本はこの長い歴史の中で、ある瀬戸際に立っているのかもしれない。そんな気がしたのである。

(注)今ネットの世界では、グーグル、アマゾンなどに代表される米国ネット企業だけが莫大な収益を上げ、一人勝ちしている。これらの企業は、オバマ政権の後押しも受け、その帝国主義的拡大をさらに押し進めている。一例であるグーグル・ブック検索の問題では、ヨーロッパ各国政府がグーグルの提示した和解案に反対の姿勢を明確に示し、国家の威信をかけた抵抗が始まった。このままでは、いつまでも毅然とした姿勢を示さず政策を間違い続ける日本だけが、カネと文化を搾取されてしまう。 
岸博幸著「ネット帝国主義と日本の敗北」参照