気になるオバマ・金平8時間会話の内容

 先日、米中会談が行われた。この2日間8時間に及んだとされる会話の内容について、大いに注目され、各種の報道がされている。
 これまでの歴史において、1972年のキッシンジャー・毛沢東そしてニクソン・毛沢東会談で国交正常化が成り、カーター・鄧小平会談で両国は近づいたかと思うと天安門事件で離れるが、クリントン・江沢民会談で回復する。
 という具合に、近づいたり離れたりしてきた両国なのだが、こうした会談のたびごとに世界情勢はかなり変わってきたといえるようだ。
 しかし、今回はこれまでと少々違うようなのだ。世界情勢の変化である。もうソ連は存在せず、中国はかつてなかったほど膨張し、いささかの希望的観測を込めて、そのうち自滅すると唱える識者もいるとはいえ、今や独特の資本主義国として、その帝国的野望を隠そうとしていない。
 今日の青山繁春のニュースDEズバリで、その脅威が語られている。まずはその動画を見ていただきたい。
http://www.youtube.com/watch?v=MKCXskmQs0o&feature=youtu.be
 青山さんは、「広い太平洋・・・」云々の発言を金平の失言としているけれども、ぼくにはそうは思えない。平気でぬけぬけとそういったとしか思えない。
 もともと中国はそういう国なのであるし、中国人はそういう人間なのだと思える。

 第二次大戦後、大東亜戦争がきっかけとなって、世界中の植民地が次々と独立し、帝国列強の領土はどんどん縮小していった。ところが逆に領土を増やした国があった。ロシア・ソ連と中国の2大植民地帝国だったとされている。20世紀末には、ソ連が崩壊したので、最後に残った最大の植民地帝国は中国のみである。
 中国の領土拡大の主張は常軌を逸しているし、「固有の領土」の主張もまともなものではない。嘘は悪いというモラルを持つ大和民族とは別世界の人間なのである。他民族の王朝を殲滅して新王朝を立ち上げて新たな歴史を書くということを繰り返してきたこの国は、嘘は善悪の問題ではなく、勝敗こそが問題と考えるのだ。
 毛沢東が編纂したという学校の補助教材、『中国地理小史』には、中国と朝貢・冊封の関係にあった沖縄について、19世紀に帝国主義に奪われた中国固有の領土と書いてある。蒋介石の著とされる『蘇俄侵華史』(ソ連中国侵略史)には、シベリアをはじめ中央アジアまでソ連に奪われた固有の領土だと記されている。
 今現在も、中国はあらゆる場所で、「領土拡大」を実行しつつある。2011年から中央アジアのタジキスタンからパミール高原の約1000平方キロの土地を徐々に前進して実効支配し、ブータンの18%の国土を侵略している。
 ご存じ南沙諸島の状態は周知の事実であるし、インドの国境にもどんどん進出を続けている。

 もともと、中華人民共和国は、建国早々から「世界革命、人類解放、国家死滅」のテーゼがあった。この「国家がなくなる」という考えについては、鮮明な記憶がある。
 それは1981年夏のことだった。
 ぼくは北京のホテルにいた。京都山岳連盟のコングール峰登山隊の隊長として、ウルムチ経由でカシュガルに向かう途中だった。
 この登山隊は、野中広務副知事の肝いりで編成された隊で、ラトックⅠに成功したばかりのぼくに、ディラン峰登山隊の隊長だった小谷さんから隊編成の依頼があったわけだ。学校の休暇のほうは、任してほしいという話だったのだが、実際はおおもめにもめた。京教組が猛反対し、知事部局と京教組の代理戦争の様相を呈した。
 当時は日中友好大流行で、利権を取り仕切る友好協会とか文化交流協会などが、けっこうあからさまに、お金に絡む話が見え隠れして、かなり違和感を覚えたこともあった。
 ともかく、一か月遅れの出発を許可されたぼくは、単身、すでに登山活動を始めている本隊を追って、北京に滞在していたというわけである。
 当時の中国は、外貨を必死に集めており、登山にも入山料が必要だった。このシステムは、パキスタンから学んだものと思われるが、中国のそれは法外な高値であった。こうした登山に関することを仕切っていたのは、中国登山協会であった。すべての費用は、この登山協会を通る。
 たとえば、その北京のホテル代は、バウチャーで支払い、実際は後から一括請求される。その差額はすべて登山協会に入ることになる。これは、運賃、車代、人夫賃などすべてがそうである。
 山裾の村落から徴用された人たちは、ほとんどタダ働きみたいなものだったからだろうが、大いに不満顔だった。
 登山協会のがめつさは出色もので、少し後のチョモランマ(エベレストの中国名)への日本隊などは、入山料は一億円。偵察に赴いた植村直己が泊まったラサのホテル代が一泊100万円とも言われた。
 
 話がそれたので元に戻す。
 北京に滞在中、登山協会の副主席が夕食を一緒にと現れた。名前は度忘れしたが、ぼくよりかなり年上で、気さくな農民風の男だった。彼は、ソ連の登山学校で登山を学んだそうだ。仮に名前は張さんとしておこう。
 この時、ぼくに付き従っていた通訳は、英語専門の中国人女性だった。この年は、日本の登山隊がやたらに多く、日本語通訳が払底したらしく、とんでもないひどい日本語通訳のことを、先行している本隊から聞いていたから、あえて英語通訳を所望していたのである。
 よもやま話をしながら、食事がすんで、デザートを食べているとき、なんの話からだったか忘れたのだが、話題が国境になった。
 張さんは、国境はいずれなくなる。国境はなくなったら争いもなくなり戦争も終わる、と主張した。
 それは違うだろ。国境は絶対になくならないとぼくは唱えた。そして、パキスタンとインドの状況、バングラデシュのことなどを説いた。
 彼がどういう風に言ったのかその論理は忘れてしまったが、まあそんな論理などというようなものはなく、強く国境はなくなるべきものだと繰り返しただけだったかもしれない。ぼくは、言語・文化・歴史などを文化人類学的な理屈で説得しようとしたと思う。
 いちいち英語の通訳を介するので、ある意味、話の筋道は明確鮮明になる。
 どんどん議論はエスカレートし、どっちも後に引かず、だんだん大声になってきた。
 このまま進めば、ほんとに喧嘩になる。ちょっと困ったと思った。
 その時、張さんはこう言った。
 「今あなたは、こう言いましたね。それには私も同感です。」
 そのことは、話の本質とはなんの関係もないことだったのだが、彼は続けて、
 「ようやく、私たちは合意に達しましたね」
 ぼくは、なんだかほっとして、それにしても中国人というのは実にうまく喧嘩を回避するテクニック持っているもんだ、と感心したのである。
 今にして思うのだが、外交官を含めて、ほとんどの日本人は、あの時の僕のようなやり取りは無理なのではないか。
 よしやったとしても、勝手に合意に達しましたね、などとうまく棚上げ論の成立を許して仕舞うのではないだろうか。
 そして、あの国境はなくなるという、コミンテルンの考えともいえる思考と、中華思想がないまぜになって、中国は大真面目に世界制覇をたくらんでいるとも思えて、みぞおちの辺りに不快感がこみ上げてくるのだ。

 青山さんはサイバー戦争に関しては、中国がすでに勝利していて、日本が抱える問題が取引に使われると危惧しておられるようだが、実はもっと深刻な分析をする人もいる。
 つまり、こういうことだ。
 オバマがサイバー攻撃を非難すると、金平はこちらもやられているよ。被害者だと返した。ではお互いに攻撃しあうことはやめましょうよ。お互いに公開しあって協力して、アジアを平和的に運用しましょうよ。
 同じ文脈で、アメリカは太平洋の合同演習への中国の参加要請を歓迎するとしたというし、中国はTPPへの参加も望んだらしいのだ。
 アメリカの考えは、決して一枚岩ではないし、一直線にこんな風に事態が進むとも思えない。しかしそうした考えが、存在することは十分考えられるのだ。
 だいたい、アメリカと中国は大いに似通った国であり、日本と違って十分な親和性を持った国であると考えられる。
 いったいどうすればいいのだろう。
 やはり平成の『脱亜論』しかないとぼくには思える。
 中国とも韓国とも必要最小限の付き合いだけにとどめる。冷静に考えて、長い目で見たとしても、仲よくして得することなど何もないのだ。
 このお隣さんに突っかかることもないし、恨むこともない。南京大虐殺や従軍慰安婦などの捏造も、もともと日本人が言い出したことなのである。いずれも朝日新聞がかかわったことだった。南京大虐殺は本田勝一記者がかかわり、従軍慰安婦は福島瑞穂議員がフレームアップしたといわれている。
 最近の忌まわしい「セックス・スレーブ」の呼称も、これまた日本人が国連で喧伝したといわれている。
 必死に理屈で説明しても、まさに無益である。相手は聞く耳を持たないのだから。ただ決定的に断固として否定するだけでよい。
 安倍さんは、政治問題にしたくないから学者に任せるとおっしゃるが、あちらの学者も公正な学問的解釈ができる望みなどほとんどないのだ。
 日本の学者でさえ、たとえば憲法学では、東大の宮沢憲法学が呪いのごとく世を覆い、「八月革命説」などという荒唐無稽の学説が信じられる有様なのであるから、信用できない。
 先日の武田研究会の後、竹田恒泰氏と話し合う機会があったが、「8月革命説」に刃向う学者が彼一人と聞いて驚いた。

 次の動画で、青山氏は「安倍おろし」を危惧しておられる。しかし、これは今に始まったことではないのだ。安倍総裁就任の時からあったといえる。日銀の殲滅によって安倍内閣が成立したといえる。話がそれてゆきそうだから、ともかく動画を見ていただこう。

この動画、あまりしっくりこないのだけれど、ともかく、日本はとんでもない危機的な環境に置かれていることを認識する必要がある。
 国の中で争っている時ではないと思えるのだ。
 一致団結して、中国・韓国とは縁を切る。親戚でもなんでもないと割り切って、葬式だけには出席するという体の付き合いにとどめる。脱亜してどうするのか。入印であるとぼくは思う。中国は大きいといっても、一人っ子政策で人口は伸びず、今後極度の高齢化を迎える。
 一方インドは、まだまだ発展の余地を残しているし、人口も間もなく中国を追い越すと思われる。それよりなにより、インドはとんでもなく親日国なのである。大東亜戦争の意義をしっかり理解できる国なのである。
 昭和天皇が崩御されたとき、インド国民全員が3日間の喪に服したという事実はほとんど知られていないのだ。
 というわけで、『脱亜入印』のかなたに、希望があるように思えるのである。