安倍さんのオーストラリアでの特別演説

安倍首相の演説

安倍首相の演説

 安倍首相は先の7月8日、日本の首相として初めてオーストラリア議会で演説しました。
 それは24分にも及ぶ長いもので、おまけに英語でのスピーチでした。その全容は、官邸のフェースブックにもYouTubeで載っているので、ぼくもしっかり聞きました。
 なんとも素晴らしい内容で、途中で何度も拍手がわき起こり、最後には全員のスタンディング・オベーションを受けました。

 友人の一人が、発音がいまいちだったとコメントしました。そういえばそうかも知れないけれど、ぼくは「そうは思わなかった。あれで充分」と答えたのです。ぼくは、なぜか日本人の巻き舌英語は気色悪い。日本人が変にネーティブぶって使う英語は、なぜかスチュワーデスの英語に聞こえるし、ぺらぺら言ってるだけのインコ・オームレベルのエンファシス(強調)箇所のない、内容の空虚な言葉に聞こえてしまうのです。
 スチュワーデスのスピーチに比べると日本人パイロットの英語は、いずれも、「タッタッタッタ、ダッダッダッダ」という感じで、全然巻き舌はありません。ほんとの日本人の英語だと感じます。

 インターネットの「Yahoo知恵袋」にID非公開さんのこんな質問が載りました。
<安倍首相がオーストラリアの国会で、英語でスピーチしてましたが、はっきり言って発音が下手くそ!!さすがにCランキング大学出身のことだけはある、と思った人いますか? 英語にカタカナで官僚がフリがな打って読んだんじゃないの?まともな一流国の英語スピーチの発音としては失格ですね。成蹊大学は英語の発音教育は全くなってませんね。>
 なに言っとるんだ、このバカ、アホと違うかと思いました。

 この質問に対する「ベストアンサーに選ばれた回答」というのが、また傑作でした。
<日本人はなぜか下手なのに英語で演説するよね。
母国語で十分なのに。
尊敬されない理由の1つですね。
通訳の居る理由を考えなきゃ。>
 質問者と回答者の頭の中がありありと見える感じです。アホ丸出しという感じ。きっと自虐史観の塊かも知れんという気もしました。外国といえば日本語が通じるところしか行かないのかも知れません。

 この「ベストアンサーに選ばれた回答」の次に「質問した人からのコメント」というのがあって、こうありました。
< Cランク大卒業の首相のせいで、日本はついに軍事国家に成り下がった。スピーチも完璧に読み方がカタカナがふってあったような下手くそスピーチ、発音的には。通じればいいという問題ではない。あの発音は世界に恥をさらしたようなものです。どうせ、官僚が書いたに決まってるが。カタカナも官僚が書いたに決まってる。>
 ほらほら、ぼくの予想は適中していたようです。

 他にはないのかいなと、繰っていくと「ベストアンサー以外の回答」というのがありました。
<居合わせた議員がほぼリアルタイムで以下のようなツイートをするほど好評でした。
発音も歯切れよく堂々としていましたし、ジョークを交え、オーディエンスを和ませ、ウィットに富み、居合わせた人々の心を温かくした素晴らしいスピーチと評判上々でした。大成功のスピーチだったようで何より。
現地メディア報道も大変好意的でした。>
 当然でしょう。見事なスピーチでした。そうしたツウィートが二つ載っています。拙訳と一緒に紹介します。

<Exceptional speech by PM Abe Honoured to hear his generous & warm observations for Aust-Japan future 安倍首相の特別演説で、オーストラリアと日本の未来についての彼の寛大で暖かい考えが聞けてほんとによかった。> https://twitter.com/MarisePayne/statuses/486328204936744960
<Magnificent speech by @AbeShinzo – strong and warm and witty. It was a privilege to witness it. 安倍晋三の見事なスピーチでした。力強くて暖かくウィットに富んでいました。聞けてほんとによかった。> https://twitter.com/C_Pyne_MP/statuses/486328358481838080
 これは世界の評価です。「下手な英語で演説するから世界から信用されない」と言った人。「あの発音は世界に恥をさらしたようなもの」と書いた人。あんたたちは、目をかんで死になさい。
 アメリカ深西部の巻き舌英語やハーバード英語の区別もつかないで、やみくもにけなすもんじゃありません。
 オーストラリアの英語はそんなに奇麗でもない、英語の方言です。安倍さんはちゃんと、DAYを「デイ」とはいわずにわざわざ「ダイ」とオーストラリア英語を使っていました。

 なんていって、悪態ばかりついていても仕方ないので、ここでのスピーチを聞きたい人、内容を知りたい人の為にリンクを張ります。次をクリック。
豪州国会両院総会 安倍内閣総理大臣演説-平成26年7月8日の動画と日本語文

 「ベストアンサー以外の回答」の中に<発音も大事ですが、それ以上に大事なのは伝える内容です。発音が良くても内容の無い人間は重要視されないのが世の常です。日本人にとって、仮に仮名ふり英語を壇上で読むだけでも勇気を必要とします。その点において、今回安倍首相の行動は非難されるようなものとは思いません。>というのがありました。まことにその通りです。
 しかし、安倍さんのスピーチは、仮名振り英語を読んだものではないと思います。
 しかしですね。仮名振り英語がどうして問題なのでしょうか。発音を示すのに仮名は音の数や音素の少なさが問題であるにはせよ、駄目というわけではありません。むしろその方がいいこともある。

 いつか京都の五条通のiPhone屋さんで、その女性店員が「私フランスに行って来たの。でも英語が全然通じなくて困った」と話しました。
 「そんなことないと思うよ。むかしと違ってフランスでも英語は通じるよ」とぼく。「ほんでどう通じひんかったの」
 「あんね、水がほしかったからウォーター、ウォーターと連呼したけど全然」
 「そらあかんわ。水はワラとかワラー言わんとあかん」
 
 むかし焼け跡の子供たちは、米兵に手を差し出してチョコレートをねだりました。
 「Give me chocolate」
 これをVは下唇をかんでとか、Lは舌を・・・などと考えて、発音したらまず通じない。
 子供たちは何と言ったか。「ギッミー、チョコ」です。
 進駐軍の子供たちと日本の子供が全然言葉が通じないのに遊んでいる光景がその当時あったのですが、そうすると、自然に言葉を覚える。日本の子供がこう言ったそうです。
 「あのね、赤はウレ。白はワイだよ」

ジョン万次郎

ジョン万次郎

 ジョン万次郎という人がいました。江戸末期の天保12年(1841年)に、14歳で漁に出ていた万次郎は時化で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられます。彼の利発さに感じた船長によって家に引き取られ、家の貧しさの為に寺子屋にも通えず、文字も書けなかった万次郎は、ホイットフィールド船長の養子となって一緒に暮らすことになります。猛烈に勉強します。
 1943年にはオックスフォード学校、1844年(弘化元年)にはバーレット・アカデミーで英語・数学・測量・航海術・造船技術などを学びます。そして寝る間を惜しんで熱心に勉強し、首席となるのです。
 全く凄い人で、日本の開国や幕末の志士とも色々関係があり、日本に大いに貢献したのですが、あまり知られることがありませんでした。
 昭和13年、井伏鱒二による『ジョン萬次郎漂流記』が直木賞を受賞して、一気に有名になります。
 彼の凄いところは、日本人の優秀さはここでは書ききれませんので、Wikipediaで読んでください。
ジョン万次郎

ジョン万次郎は、英語の辞書を作っています。
 英単語    万次郎の表記
 America   メリカ 
 Japan    チャパン 
 cat     キャア 
 cold     コオル 
 girl     ゲエル 
 lip     レップ 
 man     メアン 
 net     ネ 
 night    ナイ 
 railroad  レーロー 
 river    レバ 
 wind     ウィン 
 ジョン万次郎は色々工夫しています。弱い音は表記しません。だから、Americaはメリカです。これはたとえばメリケン波止場などと一緒です。netをネとしているし、nightはナイとするのもおなじです。
 manのアは、アとエの中間なので、メアンと工夫しています。
 このやり方は、英語公教育に取り入れることが検討されたとも聞きますが、捨てられたのは納得できます。英語の教育界はとんでもなく西洋かぶれの偏よりのまま、推移した来たといえます。
 現在、中・高では、英語の外国人が雇われていますが、英米のネイティブに限られているのは、あまり納得できないとぼくは前から思っています。

 ぼくは、ほんとの話、仮名書きの原稿でロシア語のスピーチを数回したことがあります。
 1975年、ソ連のプロスポルトというスポーツの国家組織の登山部門からの招待で、コーカサス山脈に向かったときのことです。何度もレセプションが開かれて、隊を代表してスピーチをしないといけません。
 ニコライというモスクワ大学・日本語科の学生が通訳としてついていますから、彼に通訳させることも出来ました。
 でもぼくは、できるかどうか、試してみたかった。
 まず日本語で原稿を書きます。それを見ながら、ニコライが一節づつロシア語を話します。それを聞いて、ぼくが日本語の下にカタカナでロシア語を書き加えます。
 出来た原稿を一節づつ読みます。ニコライが訂正する。イントネーションやエンファシスなどを書き加える。こうした作業を3回ほどやれば、それで完成です。
 もうすっかり忘れてしまいましたが、ウヴァジャーチナムイエ、イー、タヴァリーシチー(親愛なる同志諸君)という始めの決まり文句は覚えています。最後はオーチンスパシーヴァ(大変ありがとう)でした。
 いつもけっこう、お愛想だったかもしれないけれど、拍手をもらいました。

 1981年の中国遠征で同じことをやろうとして、それは全く不可能であることが分かりました。中国の漢字には一語ごとに4声と呼ばれる上げ下げの抑揚があって、その上げ下げによって全く意味が違ってしまうのです。
 タイ語には4声どころか5声があるといわれています。しかし、これは中国語も同じですが、センテンスを丸ごと丸暗記すればいい訳です。
 いまはメーター制になりましたが、かつてはタイのタクシー料金はすべて交渉で決まることになっていました。行く先の言い方でお上りさんだと分かるとぼったくられる。
 たとえば、オリエンタル・ホテルに行こうとして、オリエンタルというと駄目で、オリエンティーンといわないといけません。だから出かける前に、フロントで、発音させて、何度か練習してから出発することにしていました。

 どんな言葉にももとになる基本の音、これを音素というのですが、があります。
 日本語は、この音素が少ない言葉のようです。L音やV音・F音はもちろん、ガーという痰を吐くときのような喉の音(guttural sound)もありません。喉音は朝鮮語には一杯あるし、フランス語にもあるのは、その気で聞いていれば、簡単に分かります。
 日本語にも、平安時代にはF音がありました。しかしそれはその後にH音に変わっていったのだそうです。
 それを明らかにしたのは、『後奈良院御撰何曽』(1516年)という勅撰のなぞなぞ集に載っていた問いから分かったといいます。「ははには二たびあいたれども ちちには一度もあわず」この答えが「唇」でした。だからその頃、母の発音は「ファファ」だった。
 F音⇒H音と変わったのですが、どうやらその前はP音だったらしい。そうすると母はパパ⇒ファファ⇒ハハ
と変化し、どんどん優しい音にしぼられてきたともいえるでしょう。ちなみに、日本語にはブーイングはありません。

 かつて、友人のパベルのセカンドハウスのあるプラハ近郊の農村に行った時のことです。幼児の彼を可愛がってくれたという牧場主の老夫婦を訪れた帰り、夜更けまで待ち構えていた一軒の家に招き入れられました。
 「私たちは、日本語というものを聞いたことがない。是非聞かせて欲しい」というのです。
 独り語りも台詞が浮かんでこないし、困ったぼくは、ちょうど持っていたチェコのガイドブックの記事を朗読したのです。
 読み終わってしばらく沈黙が続いた後、その家の主人は感極まった態で、「なんという優雅で、優しい響きなんだろう。こんな言葉を初めて聞いた」といい、周りの人たちもみんな一斉にうなずいたのです。
 日本語は、日本人のように優雅で優しい言葉であることを、ぼくたち日本人は知る必要があると、その時思いました。

 話があちこちに飛んでしまいました。
 でも安倍さんには、だから英語圏ではどんどん英語でスピーチし、日本の強さと優しさを培った世界に類を見ない長い歴史を語って欲しいし、それ以外の國では、日本語の美しいスピーチをどんどんやってもらいたい。そう思っているのです。