『あすなろ三三七拍子』(フジテレビ)が面白い

「オースーッ!」
「オースッ」というかけ声。
「オース」という挨拶。
TitlePicture 滅びの道をたどってきた応援団の挨拶である。『あすなろ三三七拍子』(フジテレビ)は、この応援団の消滅を止めようとする「あすなろ学園」の応援団の物語である。
 西田敏行演ずる「あすなろ学園」応援団OB会会長は、母校応援団の消滅を食い止めようと、自分の会社の社員・藤巻大介(45歳)にリストラの代りに大学に入学し応援団団長を務めよという社長命令を発する。
  柳葉敏郎演ずる藤巻大介が、社長から送られた学らんを着用して登校するあたりから物語が始まる。

応援団現役部員。

あすなろ学園応援団現役部員。

 ぼくが大学生の頃には、確かに応援団があった。その大仰な挨拶や振る舞いには、ぼくは違和感を感じていたし、だいたい野球というものをあまり好きではなかった。とはいえ、応援団の人たちには人間的魅力のある学生も多かったように思う。校旗を掲げる旗持ちは、それを持ち続けねばならず、大風が吹いても決して倒してはならず、命がけで保持しないといけない。などという話を、聞かされたが、そんなことにあまり価値を見いだす気にもならなかった。
 その「オース」というかけ声にも、ある違和感を持っていたように思う。

 大学には、面白い男たちが沢山いた。
 山岳部の顧問をやってもらっている教授の「応用昆虫学」の部屋には、一年下の学年で、後輩たちが「シェーさん」と呼ぶ男がいた。
 なぜそういう名がついたかというと、彼は挨拶に「オース」ならぬ「シェーィ」を用いていたからである。顔をあわすと「シェーィ」、別れる時にも「シェーィ」。すれ違っても「シェーィ」なのである。
 もう10年も前、何かの会合で出合い、同級のセキタと一緒に我が家に来て、明け方まで痛飲したことがあった。その時に、卒業後「シロアリ研究所」なるものを作り、それを仕事にしていることを知った。
 ワインをワイングラスに「なみなみと注いでくだはい」と彼は要求したので、そういうもんではないといったのだが、なおも「なみなみと注いでくだはい」を繰り返した。
 そして「カンパイ」ではなく、「シェーィ」で一気に飲み干したのだった。
 数年前に彼の訃報を聞いた。なぜ報せなかったのかとセキタをなじった。駆けつけて「シェーィ」という声で合掌したかったからである。
 この「シェーィ」について、学生の頃ぼくはその由来を聞いたことがあった。答えを渋っていた彼は、「誰にも内緒ですよ、タカダはん」といって、打ち明けたものである。
 なんと、それは、ストリップ小屋の呼び込みのかけ声だというのである。いや驚いた。「いらっしゃーい」が連呼を繰り返すうちに短縮されて「シェーィ」となった訳なのだろう。

 何年か前、教え子の同窓会に呼ばれた。そこには、高校の応援団の卒業生たちがけっこう多数いた。当時の高校では、応援団が大いに幅を利かせていたようだった。
 彼らは、「あすなろ三三七拍子」のドラマのように「オースーッ」「オース」などとはもうやっていなかった。しかし彼らは壇上に立ち並び、出席した恩師たちにエールを送った。
 「〇〇先生にエールを送るぅ!」「フレーッ!、フレーッ!、〇〇センセーッ。フレーフレー〇〇、フレーフレー〇〇!」
 その演技を見ながら、なにか不思議な感動を覚えている自分を不審に思ったりしたのを記憶している。

 ところで、今の日本の大学山岳部なのだが、現在では少し持ち直し、消滅の危機とまではいかないにしても、往時の盛況はない。その理由としては色々考えられ、それ自体テーマとなることなのだが、ここでは述べない。
 ぼくが、このドラマにある共感を持ったのは、大学のクラブの消滅という事態を食い止めようとするOBたちの心情にある共感を覚えたからではないかと思われた。
 いまはもう8回を数えるのだが、なんとなく面白く見続けるうちに、そんな単純な共感ではないことに気付いた。
 そこにあるのは、すでに失われたなにか大切なものがテーマなのである。

 多くの人が、バカにするかも知れない時代がかったアナクロニズムの表現と言い捨てるかも知れない。しかし、そこには、現在の日本人が失ったものがある。ばかげているかも知れないけれど、大切なものがある。
 それはまた極めて日本的なものであり、グローバリズム全盛の今日にはなじまないと感じる人もいるかも知れない。しかし、そのグローバリズムこそは有り難がるものではなく、批判すべき代物なのだと思う。
 一回一回のその漫画的であり、コメディーであり、ばかげているとも思える内容には、時としてハッとするテーマがありシーンがある。
 面白がって見ながら、心で感じることが必要であり、そこに懐古趣味を持ち出してはいけないと思う。そこにあるのは、日本人の根底にある日本人固有の心情なのではないだろうか。そんな気がするのである。
 とまれ、ぼくは大変面白く観ている次第である。

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