ラピスの指輪

My Lapis Lazuri Ring

My Lapis Lazuri Ring

 イタリア・フィレンツェの亜樹ちゃんから心待ちにしていたラピスの指輪が届きました。
 彼女はフィレンツェで活躍しているジュエリー作家です。
 ぼくは昔からラピスの石が大好きで、石もたくさん持っていますが、こんな風に細かく多面カットされているラピスを見るのは初めてでした。
 感激のあまりかしばらくボーとして眺め入っていました。

アキちゃんの手紙

アキちゃんの手紙


 美しい紙袋の中には黒の洒落たリング・ケースと一緒に角封筒に入った手紙がありました。
 それで、ぼくはすぐにMessengerでこんなメッセージを送ったのでした。
 <ラピスの指輪着きました。
ラピスの石に刻まれた緻密なカットのような美しいメッセージと一緒に。
嬉しい限りです。
ぼくはこれまで、たくさんのラピスを見てきましたが、こんな感じのは初めてです。
台の仕上げデザインもシンプルで素晴らしいと思いました。
装着感もしっとりとしていて、寝るときも外したくないと感じています。本当にありがとうございました。>

ラピスラズリ原石

 ラピスラズリというのは、アフガニスタン原産の石で、古くから知られていました。江戸時代の浮世絵の絵の具としても粉末が用いられ、瑠璃(るり)とか群青(ぐんじょう)と呼ばれていました。
 あのフェルメールの青もまたラピスの絵の具です。
 ぼくが初めてラピスの石を知ったのは、もう50年も前、初めてカラコルム・ヒマラヤの登山にパキスタンに出かけた時でした。
 カラチやラワルピンディの宝石屋にはいろんな石がありましたし、ホテルには宝石売りもやってきました。
 興味を持ったぼくは、現地の日本人の人達にも教えられて、どんどん宝石に強くなりました。
 ムーン・ストーン、インド・スタールビー、ラピスラズリ、どれもこれも嘘みたいに安かった。台付き加工のしていない石なら、手のひらいっぱいでいくらなんて値段だったのです。
 ぼくは、女房だけでなくたくさんの女友達へのお土産に、ネックレス、ペンダント、指輪とたくさんのお土産を買い込んだのでした。

 実はこの指輪のお話には、前段というか、結構長い経緯があって、それを今話し始めてたところなのです。
 最初の外国のパキスタンから4年後の1965年、ぼくは再びこの国に行きました。今度の目標はスワット・ヒマヤラのマナリ・アンという文献には載っているけれども、誰もその位置を特定したことがないという、シルクロードの古い峠を探しに出かけたのです。この時は日本では学園紛争が吹き荒れており、パキスタンは戒厳令が敷かれていました。ぼくたち4名の日本人はランドクルーザーを駆って、カラチからシンド砂漠を抜けて、ラホールからラワルピンディーに至りました。
 スワット・ヒマラヤへ向かうには、ペシャワールを経由します。この街の先にカイバー峠があり、アレキサンダーの昔から、多くの民族がこの峠を越えてインド亜大陸に至りました。

ガンダーラ仏像

ガンダーラ仏像

 ラワルピンディーからペシャワールに向かう途中に、有名なガンダーラ遺跡のタキシラがありました。
 アレキサンダー大王が東征してカイバー峠を越えインド亜大陸に入った時、ギリシャ彫刻の手法が取り入れられた仏像が生まれました。それがガンダーラ仏像です。それは、本当に心を奪われる美しいものでした。ぼくはこの遺跡が大好きになって、その後数十回この国を訪れるたびに、タキシラを必ず訪れています。
 それで、その今から50年近くも前、ペシャワールに向かう途中にタキシラに立ち寄った帰り、一人の農夫がぼくを呼び止め、掘り出したガンダーラが家にたくさんある。買いに来ないかと誘いました。先を急ぐぼくは断ったのですが、彼がポケットから出したラビスの石を買うことにしたのです。
 それは1センチ角の板状の石で、表面にインタリヨ(陰刻)の馬の線画が刻まれていました。おそらく印鑑に用いられたもので、アレキサンダーが来たのは2千数百年も前のことですから、2000年の年代ものと思われました。値段は何ルピーだったか忘れましたが、数百円くらいを払ったと思います。もともと田んぼで見つかったもので、高く売りつける気もなかったのでしょう。

 スワット・ヒマラヤの踏査を成功裡に終えて、意気揚々ラワルピンディーに戻ってきたぼくは、早速ラジャ・バザールに出かけました。ところが、宝石屋がみんな店を閉めているのです。理由を聞いて驚きました。
 なんでも昨夜一軒の宝石屋に強盗が入り、多くの宝石が盗まれた。これは警察の落ち度ではないかということで、抗議のために全店が店を閉めたというのです。
 でも、同行してくれていた友人が頼み込んで知り合いの店を開けてもらい、このラピスの石に台をつけるよう依頼しました。数日して出来上がったのは、銀台の指輪で、誠にカッコ良いものでした。
 ぼくは大変気に入り、以後40数年いつも身につけていたのです。
 スキーに東北に行った時、温泉場に放置したため、台は真っ黒になり、石の艶も失われました。台の方は磨いたら元に戻りました。アムステルダムの宝石屋にツヤを戻すように頼んだのですが、元のようにはなりませんでした。でも、もう長年はめていましたから、綺麗である必要はなく、はめているだけで気分が落ち着く、そんな感じになっていたのです。

 そして昨年の暮れ、ショッキングな出来事が起こりました。指輪がなくなったのです。これまでも何回か紛失したことがあったのですが、いつも出てきていました。外国などでの事例やその状況を書くだけでも、それぞれが面白いストーリなのですが、それを書くつもりはありません。しかし、今回の紛失は、全くわけのわからぬまま、なくなったのです。
 昼過ぎ乗馬に出かけるときには確かに指に嵌っていました。帰りの車の中で、ハンドルを握る指に指輪がないことに気づきました。洗面所でもぼくは指輪を外して手を洗う習慣はありませんし、外した覚えもない。
 いよいよ俺もボケてきたのだろうか。全くショックでした。しばらくへこみっぱなしの状態が続いていました。

 そのことを知ったアキちゃんが、こんなことを友達に言ってきたそうです。<高田先生、30年も愛用されていたリングなくされたとは、さぞかしガックリされてることと。。高田先生にとって何か転機のタイミングということかも? それとも今まで共に一緒にいたラピスラズリはお役を果たし遂げて先生のもとから去ったのかもしれない。。。ですよね。。。>
 いやぁ、参りました。泣けましたね。ぼくは早速アキちゃんにラピスの指輪を頼んでくれるようにその友達にお願いしたのです。
RingWithFinger アキちゃんは、フィレンツェの石屋さんを探してくれたのですが、やはりアンティークのインタリヨの石は見つからなかったそうです。でも、見た瞬間ピピッときたラピスラズリがあったのだそうです。それがこの石だったのです。
 これはもう、絶対に紛失などしない。そんなことはありえない。そんな気がしているのです。