「ラトック1遠征を終わって」(2/3)


2、母性原理と父性原理
 唐突なタイトルで恐縮ですが、この二つの対立概念は、遠征
期問中に、ぼくの頭に漠然大洋かび、帰国後しばらくして、か
かり明確になったものです。
 明察な諸氏は、すでにご承知と思いますが、母性原理とは、
没契約的、包容的、許容的か母の愛の様々考え方であり、父性
原理は、反対に、契約的、区別的、競争的、価値判断的な切り
捨て原理といえます。

 ところで、少し話がそれるようですが、近代日本は、父性原
理を軸に発展してきたといえます。でも、それまでの日本は、
母性原理を基底にすえており、この母性原理を貫くための権力
者として家長がおり父権が存在していました。戦後、父権は消
滅したものの、企業等には、終身雇用制、年功序列制に見られ
る如く、母性原理は厳然と生きているようです。
 ある言い方をすれば、前近代的ともいえる母性原理を温存
し、父権原理との目本独自のバランスを按配したところに、近
代日本の発展があったともいえると思うのです。
 ところが、山登りの世界では、リーダーシップとパーティシ
ップとか、メンバーシップと、フォアローシップというような
極めてバタ臭い父権原理に基づく概念導入がなされました。ゲ
マインシャフトとゲゼルシャフトというような舌をかみそうな
考えが、嬉々として語られ、それが現在に形を変えて生き残っ
ているのではないかという気がするのです。
 「山登りは個人に属する」と考え、極めてヨーロッパ的な父
権原理的発想で、海外登山に出掛けても、もともと「個人」の
存在を許さない日本の風土に育った日本人であってみれば、す
ぐに馬脚が現われてくるという訳です。
 さて、<ビアフォーカラコルム隊>の場合、ほとんどメン
バーが、海外登山の経験者でした。そうした経験を通じて、自
分がどういう状況でどうなるかということを予測できる人間が
多かったし、彼等においては、外国経験を通じて、ある程度、
「個人」の確立が行われていたようです。
 そして、隊編成の始めから、明らかに父性原理的発想に基づ
くプロジェクト・チームとしての隊であることを感じ取ってい
たと思われます。
 ぼくは、遠征が、和気あいあいと遂行できるとは、全く考え
ませんでした。むしろそうしたムードは百害あって一利なしと
思っていました。そうした見せかけのチーム・ワークと呼ばれ
るようなものは、どうでもよいと考えていました。
 もし、ピンディあたりのホテルの食堂で食事をしている私た
ちの隊を見た人がいたら、その人はきっと、なんと冷ややかな
隊で、テンデンバラバラなチームか、と思ったことでしょう。
 登攀活動を開始すると、隊員は興味ある行動を示しました。
 一日の行動が終ると、各々、物理的にも精神的にも自分だけの
場所に閉じこもる傾向を示したのです。肉体よりもむしろ神経
をすりへらすような登攀が終った時、再び立直るためには、一
人になるのが一番だったようです。とても、談笑のうちに回復
するというような次元のものではないと思えました。それに、
打ちひしがれている自分を人に見せたくないという気持が働い
たのかも知れません。
 ぼくは隊長として、慰労に気を配るべきだったかも知れませ
ん。しかし、そんなことはあまり効果があるとは思えなかった
し、ぼく自身まいっていて、自分がしゃんとしていることだけ
で精一杯でした。
 ぼくは、荷上げに関しては、白己管理をするように申し渡し
てありました。自分の持てるだけ持って荷上げせよ、という訳
です。もし、トータルとして存定量が上がらなかった場合は、
ボッカ量の割り当てを行うことにしていました。結果、そうす
る必要はなく、予定通りの荷上げができました。
 でも、これは、皆が均等に持った訳では決してなく、誰かの
分を誰かが肩代りして、余分に持上げていたことになります。
 トイレットペーパーばかり上部にあがったという、ぼくの過
去の遠征隊での荷上げ自己管理の失敗は話しておきました。
 「あんな奴はベースにおろせ」という要請が、あまり持たない
隊員に関してあった時、「なんにも上がらんよりましではない
か」となどめたのは、隊長としての母性原理の行使でありまし
た。そのため、だれもつぶれず、全員頂上に向えたのだと思う
のです。
 今日の海外遠征登山に於て、隊の編成過程にあっては、父性
原理にのっとり、遂行段階では日本の伝統的思考である母性原
理を、うまい具合にからませてゆくのが、最もいいやり方では
ないか。結論的にそういえるような気がしています。
【「ラトック1遠征を終わって」(3/3)に続く】

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