チャリティー・シガーパーティに行く

シガーパーティの誘いを受けた。
秋分の日に開かれた東日本震災へのチャリティーシガーパーティである。
主催は、大阪リッツ・カールトンにある「シガークラブ」という葉巻屋さんである。ここは関西一帯のシガーサプライヤーでもある。

誘ってくれたのは、友人のドクターSで、彼は歳若いにもかかわらず数千本のシガーを保有する希有なシガー愛好家なのである。このパーティでは、シガーやその他シガー関連のアイテムのオークションも行われるらしい。
彼も一本数万円もするレアーもののシガーを6本ほどチャリティーとして出品するという。

ほかにこのお店の常連の島根のドクターが、秘蔵している珍しいウィスキーを何本も出す。

これは、バーで飲めばワングラス1万円以上するというような代物らしいが、ここでは千円で提供されるという。

オークションと言えば、ヤフーオークションくらいしか体験のないぼくには、あまり関係ないと思われたし、なにせ一流の貧乏人をもって任じるぼくにはそぐわないとも思われたのだが、レアーもののウィスキーには興味がわいた。

チャリティーオークションは、リッツ・カールトンホテルの5階のバーラウンジで夕べの7時に開かれた。
最初にシガークラブの美人店長の挨拶。リッツ・カールトンの支配人も通訳付きのスピーチを行った。

シャンパンでの乾杯は、被災地へのチャリティーに乾杯はそぐわないということで、「チィアー」と唱和することになった。cheerというのは、cheers(乾杯)と同根の言葉だが、「励まし、慰め」と言う意味があり、適切な言葉であると思った。

シガーカットをしてくれるコーナーがあり、セレクトされた上等の葉巻5種類ほどがヒューミドールにあり、好きなものをカットしてくれる。好きなだけ吸えるのだが、そんなに何本も吸えるものではない。ぼくは、手始めにトリニダードを選んだ。

座ったり、

立ったり、参加者はシガーをくゆらせながら、会話を楽しんでいる。

早速バーカウンターに行く。そこには、見たことないボトルが並んでいた。


それらの一つは、Knappoquel Castle 1951という日本には数本しかないというアイリッシュウィスキーで、ぼくはこれを頂くことにした。味は、何ともいえぬまろやかさが印象的だった。

オークションが始まった。メインは、ゲバラのヒューミドール。価格は30万なのだが、今回は開始価格10万。
被災地の石巻から参加したお兄さんがいた。家は土台を残して流されたそうだ。
ぼくがバーカウンターの前にいたとき、彼もカウンターで千円札を入れてお酒を飲もうとしたのだが、居合わせた出品者の島根のドクターが、「被災者にお金を払わすわけにはいかないなぁ」といい、バーテンが箱を開けて返そうとした。彼は辞退し、結局以後何杯飲んでもフリーということになった。
ゲバラのヒューミドールに名乗りを上げたのは、彼だった。もう一人現れた人がいたが、彼は石巻の人に気を使ってせり上げることを辞退した。

オークションの最後は、イタリア製の万年筆。オマスという会社が、アポロの月面着陸を記念して作ったというもので、
「地球は青かった」という言葉を記念して、キャップの頭に蒼いラピスラズリが埋め込まれています。日本には2本しか入っていません。という説明だったが、何かおかしいぞと思っていたら、誰かが、その台詞はガガーリンやないか、といった。たしかにその台詞は、1969年ソ連スプートニク打ち上げ時のものだったはずだ。
また誰かが、「にほんにニホンしかないオマスのペンでオマス」と親父ギャグを発した。
開始価格9万だったのを、Sドクターは13万で競り落とした。

上等の葉巻を吸い堪能して楽しい時間を過ごすことが出来た。
葉巻を楽しむ人たちには、なんというかちょっと表現が難しいのだけれど、ある臍帯感というか、連帯意識があるように感じている。たぶんそれは、社会的にあまり褒められないというか、極端かもしれないが、反社会的なニュアンスを持っているからではないだろうか。ちょうどバイク乗りが感じるそうした感覚があるようだと感じるのは、ぼくの偏見なんだろうか。
こうした感覚は、国際的なものだと感じたことがあった。こうした外国での体験については、次の機会に述べようと思う。