憲法を考える(安倍晋三 X 田久保忠衛)1/4

 前出の稿<プライムニュース「”憲法”を考える」>に載せていたYouTubeの動画がブロックされてしまったので、この【プライムニュースの2012年総集編の「憲法を考える」】の動画のテキスト起こしを行いました。

タイトル八木亜希子:シリーズ「憲法を考える」から、今年4月30日の放送から,当時まだ自民党総裁に選ばれる前の安倍さんのお話からご覧頂きましょう。

世論調査(ナレーション)日本国憲法施行から65年、プライムニュースがシリーズで憲法を考えたこの春、自民党は憲法改正草案を発表した。来年の政権運営を見通す上でも,改めて注目したい安倍晋三氏と国民の憲法起草委員長の田久保忠衛氏が初日のゲスト。




八木安倍に質問八木:「あなたはいまの憲法を改正する必要があると思いますか」という問いなんですが、これに対して57.6%のかたが必要があると思う。そして30.4%のかたが必要はないと思うとの回答を寄せてくださいました。
安倍さんはかねてより憲法改正に取り組む姿勢を示されているんですけれど,安倍さんはこの数字を率直にどのように受け止められておられますか?

安倍晋三安倍:まあ57%、良くまあここまで来たなあと思いますね。ずっと戦後教育の中においてですね,憲法は絶対変えてはいけないという雰囲気の中で教育が行われていて、かつては奥野法務大臣かな、憲法改正の論議はするべきだと言っただけで、罷免要求も出るし、ほとんどの新聞が産經新聞以外は辞めるべきだって言ったんですね。閣僚には憲法の遵守義務はありますが、96条に改正の為の条項だってあるんですから、これについて議論するべきだと言っていることは全然問題ないんですが,そういう時代が長く続いたけれど、やっとここまで来たなということではないでしょうか。

八木:田久保さん、いかがですか?
田久保忠衛田久保:いま日本国民全体にですね、いい知れぬ不安が広がってるんじゃないですかねえ。政治がどうもこれでいいのかなあ。戦後高く掲げて来た経済大国、日本経済91年からずーと低迷ですよね。いつ上がるかなあ。経済よくなるかなあ,これ分からない。例の東北大震災ですねえ、ああいうダメージを受けて、これどうなるのかなあ復興は、それから日本の周辺、話し合いに応じない国もあるし、それから実効支配を増やそうとしている国もあるし、戦後憲法で続けて来たやり方が、いろんな所で壁にぶち当たっているのではないかと。こういういい知れぬ不安が国民の間に増えて来たのではないのかなと。これが一気に解決に結びつくかどうかは断言できませんけれども、かなりこれに関係あるんじゃないかという気がいたします。

反町安倍に質問反町:安倍さん、この時代への不安、いかがですか?
安倍:これ、もっぱら民主党政権によるんだろうなと思いますね。それと同時にかつては米ソ冷戦構造の中において、米国にまかしておればよかったのがそうではなくなったんですね、それと同時に中国の台頭ですよ。圧倒的な台頭と言ってもいい、経済においてもそうですし軍事力においてもそうですね、軍事費においては日本を上回ってしまいました。空母艦隊3つもと、そしていよいよ日本の固有の領土である尖閣に対してこれは俺のもんだと言って来たんですね。

反町:核心的利益。
核心的利益説明安倍:核心的利益。地理的に核心的利益と言って来たのは、チベット、ウイグル、そして台湾ですね。核心的利益というのは中国の体制、共産党の一党支配のもとの社会主義体制にかかわること、あるいは国境にかかわること、そして継続的な経済成長にかかわることは核心的利益であって、この核心的利益については外国にどんなに文句を言われようとも一ミリたりとも譲らないというのが彼らの姿勢でした。
そこで、尖閣がそう、と言って来た。これはきわめて深刻に受け止めねばならないということです。

八木:そういう取り巻く状況の中でということになりますが,いまの憲法が抱える問題点となりますと、なんだとお考えになりますか。
安倍:私はずーと改憲論者だったんですが,三つ理由がありまして、まずはこの憲法の制定過程です、日本が占領されている時に進駐軍によって作られた憲法、中身がよければいいじゃないかという人がいるんですが、やはり基本法ですからね、自分たちの手で作るべきなんですね。
二つ目は,もう憲法が出来て60年経って、時代にそぐわない条項もあるし,あるいはまた新しい価値観も生まれてきましたね。だからそういうものは変えてゆくべきなんですよ。
三つ目はですね,やっぱり私たちの憲法なんですから私たち自身の手で変えてゆく。この精神が新しい時代を切り開いてゆくということに繋がってゆくと私は思います。

八木:ちょっと歴史のおさらいをしたいんですが,山本さん。
山本憲法制定の過程山本:戦後史のおさらいになってしまうんですけれど,1945年8月14日に日本は没ダム宣言を受諾して無条件降伏しました。
その後マッカーサーから明治憲法を改正すべきであるというサジェッション、示唆を受けて、松本烝治さんという国務大臣を委員長とする憲法問題調査会を発足させて作業に取りかかったんですね。それをGHQに提出する。提出したんですけれど、「天皇は国の元首にして統治権を総覧し」とあるんですけれど、これほとんど変えてないんじゃないかと、まあいろいろあるんですけれど、GHQ側はですね,松本案というのは全面的に承認できない。
最高司令官つまりマッカーサーの憲法草案を最大限に考慮して憲法改正に努力してほしい、当時の日本と占領軍の関係ですからかなり強い言い方だと思いますけれど。で、もうしょうがないからこのGHQ案に基づいて日本案を作成しようと草案を作った。その後いくつか修正しました。そして、11月3日公布と。けっこうややこしい舞台裏があるんですけれど。

八木:かなりやはりこのとき、まづ安倍さん、そのGHQのこう思いという・・
安倍甲案乙案説明マッカーサーの三原則マッカーサー草案安倍:そもそもですね、いまお話があったように松本烝治のもと委員会のもとで作っていたんですね。甲案、乙案というのが出来上がってきました。それを2月の一日に毎日新聞の西山隆三という記者がスクープした訳です。
大スクープだったんですが,それを見たマッカーサーが激怒して、いま言った天皇の問題と、それと戦争放棄と、封建制度ですね、それでGHQで作るということを指示します。
25人集めるんですね。25人の起草委員が来ます。中には憲法の専門家は誰もいない。国際法の専門家は誰もいない。たまたまそこにいたGHQのなかで、あなた、あなたとね、そういう感じで集めてゆくんですね。彼らは2月の12日までに作ります。そして2月の13日にここにあるようにマッカーサー草案を公邸で提示をします。日本側にですね。そこに行っていた松本烝治と白州次郎そして吉田茂とともに受け取るわけですね。その時に日本側にもこれで行けと非常に強くいうんですね。
松本烝治はその後証言をしていますけれども、「これをそのままのまないんであれば、天皇のしんたいに大きな影響が出る」というまあ脅かしをする。
反町:しんたい?
マッカーサーの脅し安倍:身体、からだです。からだ。
反町:身体、からだ。
安倍:Person of the Emperor というんですね。明らかに脅かしている訳です。そういう脅かしをさんざんしている訳です。で、とりあえずこちらは受け取った。しかしその後相当抵抗してゆくんですが、あるいはこれを訳文にしてゆく中で抵抗してゆく訳ですね。しかし抵抗はだんだん排除されてゆきます。だいたい基本的には向こうが書いたものが残ってゆきます。
あるいはまた、前文ですね,前文なんかかなり問題なんだけれど、ハッシーという中佐がたった一人で書いた、一晩で書いたといわれているんですね。まあそんなもんなんですね。そこはやっぱりいくらなんでも問題でしょうということなんです。

反町:当時GHQに楯突いてもしょうがない。まずはそれをのんだ上でいつの日か独立をしよう。独立を回復してそこから先、変えるとこは変えていこうというのが当時の日本政府の受け止めだった。
安倍憲法成立の説明安倍:そもそもですね。日本側もハーグ条約の付属文書の規則に43条ですか、絶対的な支障がない限り占領地の法律は変えてはならない、と明確な条文が書いてあるんです。
これがあるからなかなか出来ないだろう。だから占領軍も形式的には日本が自らやったような形式を取るんです。後はばちっとこう報道管制をして誰にもそれは分からないようにしたんです。
だんだんその事実がぽつぽつ分かるようになって来た訳ですけれども,本来であれば60年前に日本が独立をした時に、やっぱりやってはいけないことを占領軍がやったんだから、私たちの憲法にしましょうと言って廃止するということは出来た訳です。
事実ドイツの憲法は、ボン基本法という名前にしたんですが,この基本法には自分たちで憲法を起案できるという状況になった時には効力を失うという主旨のことが書いてある訳です。事実彼らはどんどん改憲を進めて来ています。

八木田久保に質問諸外国の改憲事例八木:その後ですね。日本は65年間一度も憲法を変えてきませんでした。ちょっとこちらをご覧頂きたいんですが,欧米諸国の例を見るとですね,あっ、こんなに改憲している国が多いんだと、ちょっとびっくりしたんですが,ドイツに至っては57回もなんです。田久保さんなぜ日本は一度も改憲されてこなかったんですか?
YoshidaDoctoline田久保:わたしはね、日本側の理由ともうひとつアメリカ側の理由もあると思います。日本側の理由というのは、青山学院に長い洋之助先生という先生がおられて、この方が文芸春秋から「国家と戦略」という本を出された。その二章かに、輝ける吉田ドクトリンという言葉を発明されたんです。吉田さんはそういうことは言っておられないんだけれども、要するに憲法9条を持った日本は、基本法に基づいて、我々が目指したのは軽武装、経済大国の道じゃないか。これをずうっとやって来たけれども、これに財界の主流、自民党の主流、大蔵省を中心とする官僚、それに新聞、こういったものが、それから社会党もそうなんです、暗黙のうちにこれに追随してるんですよ。これがおおーきな流れになってしまって、ついにこれ改革しちゃいかんという力の方が強かったんではないか。これが一つですね。
もう一つは、90年に沖縄の海兵隊の司令官であるスタッフォードという人がいるんです。この人がUPI通信のインタビューで、ソ連の方が冷戦が終わりに近づいているのに、どうして海兵隊が沖縄にいるのかという問いに、対ソの抑止力ともう一つは日本から軍国主義が出てくる、その軍国主義を押さえる意味で、A cap on a bottle といって、要するに瓶の蓋なんだ。対ソと日本の極端な軍国主義を押さえる意味があるんだ。こういうことを言っている。
反町:いまの憲法がですか?
田久保:そうですね。
反町:9条とか特定の案文の話ですか。
田久保:改憲論者を押さえる意味があるという風に言い換えてもいいと思います。
反町:なるほど。
安倍:在日米軍がという意味・・。
反町:在日米軍がという意味なんですか。はあはあ。

安倍:吉田さんもですね、いま田久保さんがおっしゃったように、吉田ドクトリンとかいう普遍のものだという風には全く考えていない。まさに便宜的なものだと考えていたんですよ。時が変われば、これは変えていこうと考えてるんですよ。吉田さんはその後、辞めた後、皇学館大学という神主さんや教員を養成する大学の総長になったんですが、その総長としていろんな論文を残しているんですが,やはり戦後の問題点は経済発展至上主義、これ間違いだった。確かに豊かになったけれども、自らの国を自らの手で守る、この精神を失った国の未来はないとまでちゃんと書いてるんですよ。
反町:それってなんか、でも薄っぺらな言い方をさして頂くと自己矛盾になっていないんですか。違うんですね。
安倍:それは違うんです。途中で彼は政策を変えてゆくべきだったということなんです。さっきのパネルにあった「国家資源を経済復興に充てる」これは大切なことです。でもこれは、軍備の充実と矛盾はしないんですよ。スイスは経済発展しなかったんですか?したでしょう。ちゃんと普通の軍備をやっていて。当たり前なんです。例えば武器を開発をする。輸出だって出来るんですから。もしあのときやってればですね,それはそういう産業においてはですね、GDPに貢献していましたね。GDPというのは、国の支出も含めて全部その総和ですからね。

八木:ではなぜ盛り上がってこなかった、憲法改正に?
安倍:それはその時の日本の雰囲気ですね。例えば,日教組100%の組織率があって、二度と生徒たちを戦場に送るななどということを言っていた訳です。それはまあ、先の大戦で沢山の方がなくなった、それに対する深刻な反省というのはありました。精神的に受けた大きな衝撃があった。これはやむを得ないと思いますよ。しかしこれが60なん年間続いたのは、いくらなんでも長すぎなんだろう。そう思いますけれどね。