ぼくの呪われたWindowsPC

MacのOSがMarvericksに変わって、しばらく経ちました。OSが変わるといろいろ問題が起こるのは普通のことです。今回はIPhoneとMacのiCalとの同期に問題が起こりました。このことは、先頃のこのブログの「Mac OS X Mervericks (OSX10.9)の改悪」にも書いた通りです。
このことに関しては、AppleCareサービス&サポートラインに連絡すると、メンテナンス担当の人が対応してくれるのですが、順に上にタッチしてゆき、そして最後にスペシャリストと称する人になりました。
こういう人は、内線に自分直通の番号を持っていてダイレクトにつながります。ケース番号という9桁のコードで問題の内容が記録されている仕組みです。この番号を伝えておくと、先方より電話が掛かってきます。
かかってくる時間は、夜の8時だったりしました。ウインドウ共有という方法で、先方スペシャリストが当方のマシンのウィンドウを見ることが出来るような設定を行い、先方のカーソルが示されます。しかしクリックなどの操作は出来ないので、電話のやり取りでスペシャリストの指示に応じてマシンを操作することになります。
最初のスペシャリストのNさんは、数回のやり取りの後、CPU関係に強いスペシャリストに変わった方がいいと思うので、別のスペシャリストに替わりたいといい、「出来れば、経過と結果などを教えてください」と別のスペシャリストの内線番号を知らせたのでした。この間、ぼくの方でもいろいろ試みているので数日間が経過していました。
新しいスペシャリストのEさんは、なるほどてきぱきと操作を指示し、どうやらiMacのシステム自体に問題があることが予想できるので、システムを再インストールしてみたいといいました。

そのデスクトップのiMacには、Lionと呼ばれるMac OS 10.7が載っています。
ここで、Mac OSについての説明を、簡単にしておきましょうか。
もともとMacはモトローラ社の石(CPU)を使っており、WindowsのPCはインテル社のものでしたから、両者に共用のソフトを使うことは無理でした。

ところが、Macがモトローラに加えてインテルの石も一緒に搭載するようになり、Macマシン上にWindowsがインストールできて、マックOSとWindowsが切り替えてどちらも走るというようなことが出来るようになりました。いわゆるインテル・マックの誕生です。現在では、マック上のソフトはほとんどWindowsマシンでも走ります。
Mac OS Xは、最初からそうした方向を目指していたのですが、最初のバージョン10.0からずっとコード名としてネコ科の動物名を使ってきました。
チーター(Ceetah)、ピューマ(Puma)、ジャガー(Juagar)、パンサー(Panthar)、タイガー(Tigar)ときて、10.0から始まってここで5番目Mac OS X 10.4ということになります。Tigarの10.4からインテル・マックになったわけです。
その後Mac OS Xはさらにバージョンを上げてゆき、レオパード(Leopard)、スノー・レオパード(Snow Leopard)、そしてライオン(Lion)からマウンテン・ライオン(Mountain Lion)となります。
このOS X 10.8がさらにバージョンアップして10.9となり、ここで初めてネコ科の名前を捨てたといわれています。10.9バージョンのマーベリックス(Marvericks)には一匹狼という意味があるので、猫から犬になったなどという人もいますが、カルフォルニアの海岸の名前だそうです。

ここにくるまでのライオンの10.7からマウンテン・ライオンの10.8の間には大きな変化がありました。マシンに搭載されるインテルの石が替わったので、ライオンのOSはマウンテン・ライオンの10.8にバージョンが上げられなくなったのです。
我が家の家内が常用するiMacのマシンは、したがってMac OS X 10.7バージョンで、それ以上バージョンアップできないマシンというわけです。
だから、このマシンを使って10.9に起こった同期の問題を解決しようと試みたわけでした。

話が変にオタクめいてきて、ややこしいことになったかもしれません。
とにかく、指摘されたことをうけて、OSX 10.7の入れ替えを行うことにしました。元のソフトは、Appleのサーバー上に常置されていて、いつでも再インストールが可能です。でも、安全を期すためにバックアップを外付けのハードディスクなどにとっておく必要がありました。
とにかく、システムはリフレッシュされたわけです。たしかに以前に見られたスクリーン・セーバーのフリーズやその他の些細な不具合は解消されたようでした。それで、問題は解決したのか。いや、それを検証する以前に別の問題が発生したのです。

このiMacの異常の原因には、足しげく通ってきてiMacをゲーム機のように使う小学3年の孫が考えられました。ゲームソフトというのはけっこう問題を起こすのです。
それで、家内の要望もあって、ほかのマシンを使わせようとしたのです。
我が家には現在、自作のマシンが計5台あります。2台は常用しており、一台は時々使い、一台は休止、最後の一台はサーバーマシンとなっていましたが、いまは休眠中です。
なぜそんなに沢山のマシンがあるかといえば、ぼくが会社を辞めてしばらくの間、家の書斎で山渓の登山史の出版原稿の資料の入力を山の友人と数人で行っていたからです。
サーバーマシンには、そうした山岳のデータだけではなく、会社で科警研のソフト開発をしていた頃のけっこう大量のダミー・データやぼくの昔のメールデータなどが入っていたりします。こうしたマシンは、その役目を終えた後は、ぼくがLinuxなどの各種のOSを動かしたり、遊びのソフト開発をしたりするのに使っていたわけです。

PCの内部

PCの内部



それで、その家内も時々使っていたというマシンを、ゲーム用にするために立ち上げました。いつもは何の問題もなく立ち上がるWindows XPが変にもたついています。
そのうちに、ディスプレーが真っ黒になりました。映像が出なくなったということは、ディスプレーがおかしいかPC側のビデオボードに原因があるか、そのどちらかです。
別のディスプレーとつなぎ変えても同じことです。つまりPC側に問題がある。そこで、ほかのマシンのマザーボードに差し替えて試してみました。しかし原因が判明しません。
電源ユニットも問題だとも思えたのですが、ファンはしっかり回っているし、400Wもあるから大丈夫だと考えました。ほとんど寝ないでいろいろやっているうちに数日が経ちました。

MotherBoad

MotherBoad



ではCPUが壊れたのではないだろうか。そう思ってCPUの差し替えを考えました。いっそのことマザーボードも新調しようか。半ばやけくそ気味で、マザーボードとCPUを買うことにしました。
「ドスパラ」という中古のCPUを専門に扱うお店があります。ここでマザーボードの手頃な値段の新品をネットで買いました。マザーボードの中央にCPUをはめ込むのですが、この台座がCPUの型番によって違うのです。
CPUはどんどん進化しています。するとその周辺のデバイスも変化を余儀なくされるというか変えないとCPUの性能が出ないことになります。これが台座の形によって適合しないCPUが使われるのを防ぐという意味もあります。

まあそんなわけで、マザーボードを注文したら翌日に東京から送られてきました。
早速手持ちのCPUで試したのですが、動きませんでした。
おかしい。わけ分からん。マザーボードが初期不良なのだろうか。だいたいBiosが動かないのです。
Biosというのは、Basic InputOutput Systemのことで、マザーボードに不揮発メモリーとして保持されており、電源がはいるとディスクドライブ、キーボード、ディスプレーなどの周辺機器を起動させるプログラムが動く仕組みです。これが動いてコンピューターはスタートする。Biosが動き出す時には、ふつうピッという音が出ます。音が出ないということは、Biosが動いていないということです。

Intel Core 2 Quad Q9550

Intel Core 2 Quad Q9550



CPU裏面

CPU裏面



半ば呆然としながら、しかたがない。CPUを調達しようと考え、ドスパラのサイトで調べると、思わしいものがありました。このお店は全国にあるのですが、それが京都店にあることが分かり、すぐに電話して取りに出かけることにしたのです。
むかしオーディオに凝って、真空管アンプを自作していた頃、通い詰めた寺町通りにその店はありました。
電話でも相談に乗ってくれたお店のU君のすすめで、予算をオーバーしたけれどIntel Core 2 Quad Q9550という中古のCPUを買って一目散に家に帰りました。

このCPUを新調したマザーボードに入れて、その上にCPUクーラーを取り付け、電源ユニットからマザーボードに2ヶ所ある受け口にコードをセットして、テストの準備が整いました。電源を入れました。CPUクーラーと筐体にあるシステムのファンが回りだして微かな唸りを上げ始めました。
でも、何の変化もありません。Biosの音はせず、ディスプレーは暗いまま、PCからの信号なしのサインが出ました。なんだこれは。どうなっているのか。

マザーボードを買った東京の「ドスパラ」は、初期不良の申請の期限は一ヶ月ありますが、寺町の「ドスパラ」の方は3日間です。とりあえず寺町に電話しました。「ともかくこちらでテストしましょう。明日にでもマザーとCPUを持ってきてください」ということになりました。

翌日ぼくが持ち込んだマザーボードから、CPUファンを外しCPUを取り外して、CPU受け台ををチェックしていたU君は「あれ、ピンが曲がってます」といいました。

マザーボードCPUの受け台

マザーボードCPUの受け台



ほんまかいな。ぼくはいつも持ち歩いているルーペを取り出し、覗き込みました。
確かでした。端っこの金具が曲がっていました。CPUにはちょうど生け花の剣山の針のような具合にピンがびっしりと植わっています。
一方マザーボード側のCPUの受け台のほうにはこのピンを挟み込む金具がぎっしりと詰まっているのです。この金具の一つの片方が曲がっていたのです。
これは明らかに装着時のぼくのミスによるものでした。

初心者にはよくあるミスなのですが、少なく見積もっても30台を超すPCを組み立ててきたことのあるぼくにとっては、予想もしないミスでした。自分ではあまり気付いていないにしろ、明らかに手先の器用さは失われた結果だといえるでしょう。
もしかりにぼくが外科医で執刀していたとしたら間違いなく患者を殺していただろうと思ったのでした。
お店のU君はピンセットの先で、その曲がった微細な金具をつまみ、注意深くもとに戻そうと試みているようでした。そして改めてCPUをセットしてチェックに入りました。
ピッと鳴り、ディスプレーには、Bios設定の画面が表示されたのです。
「よかった」とぼくは声を上げ、U君は「よかったです。ちょっと無理かと思ったんですが…」と喜んでくれたのでした。
帰りの電車の中で、「アホかいな」とつぶやき、今更のように自分のミスをなじりつつも、原因がハッキリしたことに安堵感とある開放感を覚えていたのでした。

家に帰り着くと、もう間違いない。チェックもする必要ない。いま動いたんだから。そうおもって、ディスクドライブ、DVDドライブ、USBコネクターなどすべての周辺機器を全部組み上げ、そして電源スイッチを押したのです。
ファンは回りだしましたが、信じられないことに、マシンはうんともすんともいわないままだったのです。
「なんでやねん」
ぼくはもう混乱と困惑の極みでした。なにが原因なのだ。そのときぼくはなにか確信に似たものを感じていました。このマシンは呪われている。
このマシンは、ぼくが会社を辞める前にお客の会社用と同じ機械をもう一台作って、メンテナンスに役立てるという話で組んだもので、あまりいい思い出のあるものではなかったのです。

呪われているにしても動かしてやるぞと思い直し、原因を考えました。もしかしたら筐体のどこかがマザーボードに接触していて、それが原因かも知れない。そこで、マザーボードを取り外し、新聞紙の上におきました。そして、あの「ドスパラ」のお兄さんがやったと同じ状況を作ったのです。
でも駄目でした。お店に電話しました。「おかしいですねぇ。持って歩いた振動で接触が悪くなったんでしょうか。ともかくもう一度チェックしましょう。明日もう一度持ってきてください」U君はそういいました。

CMOS設定画面

CMOS設定画面



少々のショックがあったとしてもそれぐらいで、CPUのピンが緩んだり接触不良を起こしたりなどはあり得ないことと思えました。
では、寺町と我が家とではどこが違うのか。そうです。違うものがありました。電源ユニットでした。
ぼくは、使用していないマシンの電源ユニットを取り外し、それを使ってチェックしたのです。
バンザーイ。見事に動きました。なんと問題は電源だったのです。経年劣化によって電源ユニットが突如、所定の電圧を供給できなくなったのが原因だったのです。電圧の測定器でもあれば、もっと早く原因が突き止められ、こんなに悩むこともなかった。

昔は、いまのようにオンライン販売などはなかったから、すべての部品はお店で相談しながら調達しました。その分お店の人に任せる部分が多かったといえます。ところが現在では、オンラインで買おうとすると、すべてを調べて自前で選定する必要があります。それに、いまはすべてにおいて規格が昔と異なっており、一からの勉強を強いられることになったのでした。
大変といえば大変だったのですが、大変面白く熱中した二週間だったといえます。たぶんいや間違いなく、ぼくは昔よりもっとコンピュータのハードに詳しくなったはずです。

MovingOKマシンが動き出してもそれで終わったわけではありませんでした。こんどはソフトを入れないといけない。ぼくの場合、特殊な方法で、安くで、時としてはフリーでインストールしているので、インストールCDを差してはい終わりというわけにはいかないのです。Systemやソフトに関しても少々普通と違うインストール方法をとるので、それなりの手間がかかるのです。

そんなこんなで、プログに記事を書く余裕が、時間的にも気分的にもなかったというのが正直なところなのでした。そういう状況を脱したというのがいまの状態なのですが、自作パソコン熱が目を覚ましたような感じでもあるようなのです。