日本はいまだにマッカーサーの日本なのか

年が明けて早々に我が家にやってきた末娘が、小学校低学年の息子が靖国についていろいろ聞いてくるのだが、答えられなくて困ってしまうとぼやいた。
「ヤスクニってなんなんや」
靖国神社のことでしょ。
「なんでテレビで何回もいってるんや」
安倍さんがお参りしやはったからなんやろ。
「ヤスクニてどんなとこなん」
あんな、戦争で死んだ人をおまつりしてあるところなんやで。
「ふーん。死んだ人にお参りして、それがなんであかんねや」
・・・・・・。
どう説明してあげたらいいんか、分からんの。お父さん説明してあげて。

それは極めて困難。それで、とっさに浮かんだ答えはこうだった。
「あんなあ、日本はアメリカと戦争して負けたんや。原子爆弾というとんでもない爆弾を2発もおとされたから、仕方なかった。そのとき放射能みたいなもんが日本中に降って、よっぽどしっかりした人でないと、みんな頭がおかしなったんや。お参りしたらあかんいうとる人は、みんな頭が狂ってしまっとるんや」
しかし、こんなギャグみたいな答えは、もちろん小学生にいう話ではないことは明白である。

子供にヤスクニ問題を正しく理解させるには、長い時間がかかるだろう。
まずは、古事記をかたり聞かせる。もともと古事記は、親が子に語り伝えてきた話だった。それは古事記が書かれた時から数千年も前の昔から語り継がれた物語をまとめて出来上がったものだった。
時の帝が、そのあまりに永い年月の物語がこのままでは消えてしまうのではないかと危惧して、書き残すように命じたのだった。
『古事記』とは、すでに渡来していた漢字をアレンジして用いる万葉仮名を使って書かれた日本独自の日本国の民のための歴史書だった。

古事記をかたり聞かされた子供たちをなにを知るのだろうか。
ぼくを育ててくれた祖母は、朝のご飯を炊く竃の薪が、シューシューと音を立てると、「今日はだれぞ人が来てやわいな」とつぶやきました。幼いぼくは、竃の神さんが教えているのだと思ったものです。
古事記の語りを聞いた子供たちは、あらゆる自然に、そして身の回りのあらゆるものに神が宿ることを知るのだろう。死者の霊のこと、すべのものとともに暮らす共生と和の精神を学び取るだろう。そう思うのです。

自然との共生や和の精神は、その長い歴史と、それは縄文の時代つまり一万年前からあったという人もいるのですが、成熟度において世界に例を見ない世界唯一独自のものであるといえます。
世界の先進国の文明は、自然を対象とする自然科学の進歩とともに発展してきました。そしてあらゆるところで、その限界と弊害が指摘されるようになっているのが今日の世界である。そういえるでしょう。
この状況においては、自然との共生、人との和の精神は、日本が世界に広めなければならない貴重な考えだと思えるのです。

日本人は世界にはない、みんなが仲良くし、折り合う考えを大昔から育んできたと教えます。それは、古事記の「國ゆずり」にも示されている。明治維新では、もし日本以外の国であれば、徳川慶喜は間違いなく処刑されていた。しかし日本は違った。明治政府は少し後に名誉回復し子爵の地位を与えたのです。
日本は、他の国とは異なった素晴らしい歴史を持っていることを教えなければならない。古事記は寿命のない神々の物語から始まるのですが、また寿命のある人間天皇の物語でもあるともいえるのでしょう。

天皇の存在が日本の国の独自性であり、天皇について教えることが、日本の国の形を知らせ教える基本となるはずです。
JapanHistoryBook日本の敗戦と同時に東京帝大の職を辞した平泉澄氏は、著名な『物語日本史』を書くに至ったエピソードを、この原題『少年日本史』で次のように書いておられる。日本が独立し、平泉氏の追放も解除されて口を封じられることがなくなって、福井の中学から講演を依頼された時の話です。
<「皆さん! 皆さんはお気の毒に、長くアメリカの占領下に在って、事実を事実として教えられることが許されていなかった。いまや占領は終わった。重要な史実は、正しくこれを知らねばならぬ。」
と、説き起こして、二、三の重要なる歴史事実を説きました。その時の生徒の顔、感動に輝く瞳、それを私は永久に忘れないでしょう。生徒は一千、瞳は二千、その二千の瞳は、私が壇上に在れば壇上の私に集中し、話し終わって檀をおりれば檀下の私に集中しました。見るというようなものではなく、射るという感じでした。帰ろうとして外に出た時、生徒は一斉に外に出て私を取り巻き、私がタクシーに乗れば、タクシーを取り巻いて、タクシーの屋根の上へまで這い上ってきました。彼らは黙って何一ついわず、何一つ乱暴はしない。ただ私を見つめ、私から離れまいとするようでした。ようやくにして別れて帰った私は、二三日後、その生徒たちから、身上流露する手紙を、男の子からも、女の子からも、数通もらいました。私の一生を通じて、最も感動の深い講演でありました。>

NHKスペシャル「天皇と憲法」で、国粋主義者の筆頭で、日本を破滅に導いた悪者とされている平泉澄氏は、この経験が在って、『物語日本史』を書くことにした訳です。この本は猛烈に売れたらしく、30刷を数えています。ぼくは飛ばし読みしかしていませんが、たとえば信長の項には、やはり普通の歴史書にはない記述が在ります。
信長は天文3年(1535年)に生まれるのですが、彼が6歳のとき、天文8年は大凶作の年だった。<翌年は全国が大飢饉になり疫病も広がります。後奈良天皇は、深くこれをお嘆きになり、金字で般若心経をお写し遊ばされ、これを六十六箇国それぞれの一宮に納めて、国民の幸福をお祈りになりました。
信長の父信秀は、天文十年に伊勢神宮への御造営の費用を献じましたが、十二年には、朝廷へご修理費用四千貫文を献上しましたので、翌年連歌師の宗牧に託して、後奈良天皇より古今集を賜りました。>
信秀はこれを一家の名誉と考えました。信長があの安土城を築いたとき、天皇をお招きする部屋を作っていたというのは、うなづける話なのだと思いました。

それにしても、平泉氏の講演がどうしてそれほど子供たちの心をとらえたのか。思うに、彼らは日本の国はよくないこと間違った戦争をした悪い國だと教え込まれていたのではなかろうか。日本は素晴らしい國だと初めて聞いたのではなかったか。
自分の父親が犯罪人と聞かされていた子供が、それは違う、お父さんは罪人ではないということを知れば、立ちこめていた心の暗雲はにわかに晴れ渡ることになる。
日本は間違った戦争をしたのではありません。ぼく自身そんなことが分かってきたのは年を取ってからで、明確に自信を持って言い切れるようになったのは、比較的最近のことなのです。
日本は戦争には、不運にも破れた。しかしその戦争の目的は見事に成就した。そういえると思います。大東亜戦争によって、白人の植民地支配は終わりを迎えたのです。

もともと戦争は昔も今も犯罪ではない。それをあたかも犯罪としてアメリカが行った常識はずれの復讐劇が極東軍事裁判でした。これは今では、もう世界の常識と言っていいと思います。
<東京裁判は復讐劇であり、日本の正当性を認めることなど、最初からあり得ないことだった。認めれば、自分たちの誤りを認めることになってしまう。広島、長崎に原爆を投下し、東京大空襲を始め全国の主要都市を空爆して、民間人を大量虐殺した「罪」だけでなく、もっといえば、世界で侵略を繰り返してきたその正義の「誤謬」が、明らかにされることがあっては、けっして、ならなかった。それが連合国の立場だった。>
これは、英国人、ヘンリー・ストークス著『連合国戦勝史観の虚妄』からの引用です。

HenryStokesヘンリー・ストークスというのは、滞日50年で、『フィナンシャル・タイムス』『ロンドン・タイムス』『ニューヨーク・タイムス』の各東京支局長を務めた英人です。加瀬英明氏などとの親交を通じて日本の立場を理解するようになったといいます。彼はイギリスのグラントン・ベリーという田舎町で育った。
<彼らは私たちに向かって、なにか小さものを放り投げたのだ。私はこの時、生まれて初めてチューインガムを手にした。>
その町をアメリカの戦車が通過した時の記憶をこう綴り、それはどうやら、アメリカ占領軍に対してぼくが抱いた感覚と極似しているようなのです。その所為か、アメリカに対する見方は厳しいものがあります。以後少し引用してみましょう。

彼によれば、マッカーサーは自己顕示欲が過剰で、自分のパフォーマンスを何より優先して考える人間であり、自尊心の自家中毒によって病んでいた人間だった。ところが、朝日新聞を始めとする当時の日本の新聞は、マッカーサーを生き神のように進んで賛美して、崇めたと述べている。
<占領中にアメリカがしたことは、悪だった。おぞましい復讐であり、リンチであった。完璧な欺瞞とナンセンスだけが、そこに遺された。>
<日本の全国民が、東京裁判の被告だった。文明の崇高な英知を、ただ素直に無批判に受け入れればよかったのだ。これがマッカーサーの高飛車な姿勢だった。
ところが、今日、日本の大新聞や、文部科学省、教員を始めとする多くの日本国民が、占領時代の卑屈な態度が身に沁み込んで、東京裁判史観を受け入れて、占領政治が良かったと信じているから、マッカーサーは大きな成果を上げたといえる。今日の日本はいまだにマッカーサーの日本である。>

マッカーサーは靖国神社を軍国主義、国家主義の象徴だと見なして、焼き払ってドッグレース場を作ろうとしました。これを実行するのは容易いことではなかったと思われるのですが、決定的にこれを止めたのはバチカン法王庁駐日使節のブルーノ・ビッテル神父でした。
彼はマッカーサーに書簡を送りました。書簡に曰く、
「戦勝国か敗戦国かを問わず、国家のために命を捧げた人に敬意を払うのは自然の法であり、国家にとって義務であり、権利でもある。もし、靖国神社を焼き払ったら犯罪行為であり、アメリカの歴史に不名誉極まる汚点を残す」
安倍さんの参拝を短絡的に批判するのはおかしいでしょう。やはり、冒頭のジョークのように頭が狂ってるのかも知れないですね。

だいたい、すでにいったように戦争は犯罪ではない。したがって、平和に対する罪などという犯罪があるとしたら喧嘩両成敗であり、三方一両損の裁きでないといけない。
よし犯罪であるとして、犯罪人が決められたとしても、刑が執行されれば、それで、罪は消えるはずなのです。それが法の常識のはずです。たとえば刑期を終えればもう囚人ではない。
永久犯罪人って、なに、それ、そう思いませんか。いったい誰がそう決めたのでしょうか。復讐と見せしめのために考案されたA級などと呼ぶ罪で裁かれた人は、天皇を始めとする日本国民全員の罪をすべて被り、従容として絞首台に赴いたのです。この人たちをマッカーサーの口車に乗って罪人呼ばわりする人は、日本人ではないのは当然のこと人間ですらない人非人・犬畜生に劣る生き物というべきです。

しかし、話はそう簡単ではありません。60年の年月の経過はどうしようもないといえます。世界中は「南京大虐殺」のでっち上げ話を信じているともいえます。「従軍慰安婦」のウソ話もしかり。銅像が建っているのをどうするのか。どんどん作られている虐殺記念館をどうするのか。
これらを奇麗さっぱりご破算にする唯一の方法は、もう一度戦争をして勝つしかないという、なんとも荒唐無稽で絶望的な方策しかないのかもしれません。
間違いなく、日本人は優れた国民です。その知・情・意ともに、どこの國の民よりも優れていることは容易に納得できる事実です。
今日の世界の状況の中で、私たちは、もっともっと強くならないといけないのでしょう。そして学ばなければならない。学んだことを子供や若者に伝えなければならないと思うのです。