『永遠のゼロ』を観てからのこと

東京都知事選は、マスコミの予想通りの結果となりました。選挙戦が始まる前の予想通りの結果となったそうで、なんとも盛り上がりのない選挙戦は、近年稀な大雪でほんとにしょぼい結果となったようです。
ぼく自身は、田母神さんが当選したらいいとは思っていたのですが、よほどの風が吹かない限り、これはちょっと無理で、どれだけの票を取るかに大変興味を持っていました。
それにしても、まったくの支持基盤を持たない田母神さんが61万票も取ったというのは、注目すべきことで、世の中の喜ばしい変化を表わしているとも思いました。

この選挙戦中に関西から応援に駆けつけた百田尚樹氏が、「他の候補はみんなくずみたいな人間です」と都内各所でぶち上げたことが話題となりました。また南京大虐殺や従軍慰安婦の問題にも触れて真っ当な見解を述べました。早速国会の予算委員会で亡国の政党・民主党が安倍さんを問いつめたのですが、安倍さんは「私はその演説を聴いていないのでお答えしようがありません」とさらりとかわしていました。
大人気の筆頭を続けた映画の原作者は、街頭演説でも喝采を受けたようでした。

ぼくが最初に『永遠のゼロ』の映画を見たのは1月の19日のことで、封切りから大分経っていました。たいそう心待ちにしていたにもかかわらず、どうして遅くなったのかというと、かなりの確率でがっかりするのではないかと思われ、それが出足を鈍らせたのではないかと思います。
がっかりするどころか、おおいに泣かされました。二回目に見に行ったのは2月になってからです。
最初ほど涙は出ませんでした。

一番感動したのはどの場面かとよく聞かれました。
それは最後のあたりです。宮部久蔵が敵空母に突っ込むシーンが最も心を打ちました。被弾しないように海面すれすれに敵艦に接近して、一気に急上昇します。艦の銃は真上を撃つようには出来てませんからこれも被弾しにくい。そして一気に真上に達すると、一直線に真下に突っ込みます。さすがに宮部と思える完璧な攻撃だったと思いました。
この急降下の時、スクリーンには、宮部久蔵の顔が大写しになりました。それは息をのむ美しい顔だと思いました。その時、ぼくは必死にこみ上げる嗚咽をこらえていました。間違いなく彼の零戦は空母艦橋に突っ込み、甚大な被害を与えたと思いました。

原作の本を読んだのは、3・4年前だったと思います。イタリアに行く機内で読み始め半分ほどまで読んだところで中断し、そのままになっていました。昨年、大学の後輩が「『永遠のゼロ』をどう思いますか」とメールで質問してきました。それに答えるために続きを読んだのです。
意外にも後半は凄い展開で、一気に読み終わりました。映画ほどではなかったけれど、何度か目頭が熱くなったり胸が詰まったりしました。

読み終わって感じたことは、これは日本人の心を描いた作品であるということでした。
日本を描いた作品をおおきく分けて、日本の形を描いたものと日本の心を描いたものに二大別できると思います。
たとえば、司馬遼太郎は日本の形を描いてはいるけれど、日本の心は描いていません。彼は女性が描けない。女性が描けないのは心が描けないからだと思うのです。
日本人の心が描けないところが三島由紀夫との違いであり、二人がまったく異なる点だと思います。

『永遠のゼロ』がきっかけで、日本の戦争映画に興味が湧きました。ぼくの記憶にある白黒の戦争映画は、たぶん中学生の頃に観たと思うのですが、『雲流るる果てに』というものでした。
学徒動員の若者が特攻機で飛び立ちます。そして小学校教師の恋人の女性が一人でオルガンを弾き続けると言うラストシーンを今も覚えています。
『永遠のゼロ』のヒットがきっかけだったのか、CSテレビで多くの古い映画が放映されだしました。主に「日本映画専門チャンネル」からでしたが、片っ端から録画したのです。

題名、制作年、出演などを制作年代順に列記するとこうなります。
燃ゆる大空(1940)灰田勝彦
人間魚雷回天(1955)岡田英次、木村功、津島恵子
人間魚雷出撃す(1956)石原裕次郎、長門裕之
海軍兵学校物語 あゝ江田島(1959)本郷功次郎
あゝ特別攻撃隊(1960)本郷功次郎
あゝ零戦(1965)長谷川明男
ゼロファイター大空戦(1966)加山雄三、佐藤允
ここには3本の「あゝ」の付く作品がありますが、これは大映のあゝシリーズと呼ばれたそうです。
このシリーズは全部で5本あって、ぼくが録っていない2本があります。それは「あゝ海軍」(1969)中村吉右衛門と「あゝ陸軍 隼戦闘隊」(1969)佐藤允です。

全部観たわけではないのですが、けっこう面白い。知らなかったことが分かり、大変勉強になりました。たとえば、「回天」は乗り込んだらもう出られないと思っていたのですが、ちゃんと浮上できて、ハッチを開けて外に出られるようになっていることが分かりました。
「人間魚雷回天」では、監督も俳優も復員してきた人で、實体験がありますから、演技が大変リアルと言えるようです。
「ゼロファイター大空戦」は、日本が劣勢に向かった後の南方戦線が舞台で、山本五十六の搭乗機が暗号を解読されていたため、待ち伏せで撃墜された後の零戦7機のみの小部隊の話です。

新しくやって来た九段中尉(加山雄三)に古参の零戦乗りは落胆します。アメリカ人から疫病神と恐れられた志津中佐が来ると聞かされていたからです。彼はしかし、持参した新暗号を使わずに、解読されている暗号をわざと使って裏をかいて相手をやっつける。徹底的な合理主義者で大和魂を否定しているし、死ぬことを否定してます。
彼が実は、志津中佐で中国戦線で、兵を死なせないために命令違反を犯し、降格されて、戦死扱いで名前を変えたことが分かります。
最後は、日本軍を助けるために敵のパラボラアンテナに突っ込み戦死を遂げます。なんだか宮部久蔵がすでにいたのだという感じがしたのでした。

ぼくが疑問に思ったのは、この敗戦から10年ほど経ってからに始まる15年ほどの間にどうしてこんなに次々と戦争ものが作られたのだろうか。そして、その後はぷつりと絶えたのだろうかということです。
ぼくの勝手な推測によれば、この頃は安保闘争の最盛期でした。こうした動きに対する反対の表明だったのではないか。そんな気がするのです。
そして、その後もっぱら自虐的な風潮が蔓延してきて、こうした映画が絶えたのは、もっぱら戦後教育の成果が現れてきた所為ではないのだろうか。

つい数日前、WOWOWで東宝映画『太平洋の奇跡ーフォックスと呼ばれた男ー』を観ました。
これは、大東亜戦争の激戦地・サイパン島で、日本がポツダム宣言を受諾した後も山にこもり、わずか47人の兵で45,000人もの米軍を巧みな戦略で翻弄し、米兵らから畏敬の念を込めて「フォックス」と呼ばれた実在の大場栄・陸軍大尉を描いた映画です。
2011年2月に封切られたのですが、立派な日本軍人と日本人の心を描いています。
彼は、おそらく米軍の軍事裁判で死刑になっているだろうと思って調べると、意外にも無事帰国し日本で会社を興し天寿を全うしたことを知り、驚きました。

もっとどんどん、NHKスペシャルのドキュメンタリーのような、観ていていじけるようなものでない、観ていて元気づけられる日本人の心を描いた作品が映像化されることを願っています。