ビンテージ真空管、KT88を灯す

 前に予告していたようにオーディオ話の続きです。自作の管球式のパワー・アンプが故障したところで終わっていました。
 それを知っているのは、オーディオマニアか、あるいは電気楽器を扱うプレーヤーくらいのもので、普通は誰も知りません。KT88と呼ばれる真空管のことです。

Svetolana Cロゴ KT88 大きくCロゴが描かれ、MADE IN RUSSIAが読めます。

 これはイギリスで作られた大いに名を知られた真空管です。ずっと前にイギリスでの生産は打ち切られたのですが、チャイナや東欧のいくつかの国に受け継がれました。よく知られているのは、ロシアのスベトラーナ社製のものです。
 話が結構マニアックになっているのですが、この真空管には2種類あって、CロゴとSロゴのものです。

Svetolana社のCロゴ

 2000年ごろまでは、全てのスベトラーナの真空管はサントペテルブルグの工場で作られていたのですが、2001年にアメリカの代理店が倒産して身売りしたために、2種類のロゴをつけたものが生まれることになったわけです。

 本家のものはCロゴをつけています。べつのSロゴのものは性能が全く異なります。ぼくが組んだパワー・アンプA-3000では、使う出力真空管として、ソニー製の6240Gという真空管だけではなく、KT88も付けられる設計になっていたのですが、より安価なソニー製の国産球をつけることにしたのでした。10年ばかり経った頃、オーバーホールに出しました。その時には、ソニーの真空管は製造中止になっており、発売元のラックスマン(株)は代替えの出力管に替えくれました。
 この時も、KT88が気になりつつも、ちょっと踏み切れなかったわけです。
 そんな経緯があったので、この機会に念願のKT88に替えてみることにしたわけです。

 真空管などというのは、ずっと昔のその当時ですら、過去の遺物のように考えられる向きもあるのですが、なかなかどうして、現在でも外国では生産が続けられているし、ネットでは各種出回っています。選ぶのに苦労するくらいとも言えます。
 1980年代くらいにレコードがCDに変わって行くとともに、アンプもダイオードを使ったいわゆるイシのアンプが主流を占めるようになってゆきました。
 高度成長期を過ごした日本人には、古いものはダメ、新しいものがより優れているという思い込みがあるようです。家電製品なども比較的早い段階で部品はなくなりメンテナンスは終了するのが普通です。
 大学の近くにその当時ヤギムセンというお店があり、ぼくはそこで各種オーディーオ機器を買っていました。そこで、サファイアというまるで灯油ランプを思い出すような形のオイル・ヒーターを買ったのです。このイギリス製のストーブには、ネジの一本一本に至るまで、リペアのための製品番号が付いており、驚いたものでした。

 その頃、ソ連のミグ戦闘機が北海道に不時着するという事件がありました。軍関係が大喜びで返却までに大急ぎで内部を調べたら、そこには真空管が使われていることがわかりました。ソ連は遅れてるなあと、みんなが思ったのですが、実は真空管は電磁波に強くて、それが理由だということが後になって分かったのだそうです。
 アンプだって、イシの回路では、電子はダイオードの原子の間をすりぬけてゆくのに、真空管では真空の中を飛ぶんやから、その方が性能がいいのは明らかではないかなどと、ぼくは勝手に解釈していたのです。

 さて、KT88の真空管ですが、ぼくが選んだのはソルテックという真空管専門の、横浜の輸入商社のものでした。ここでは、Cロゴのものしかしか扱っていません。この会社のサイトには、「Svetolana 二つのロゴ(CロゴとSロゴ)について」という説明があります。
 そこには、「SロゴSvetlana真空管は、構造・性能などがСロゴSvetlana真空管とはまったく異なります。現在Svetlana工場で生産されているSvetlana社製真空管にはSロゴは使用されておりません。」などとあり、間違ってSロゴのものを買わないようにと注意を促しています。
 このサイトの中をさまよって、ぼくは、ビンテッジというグループのKT88を選び出しました。ビンテッジものですから、チャイナ製や、普通のものとは異なるはずで、当然値段も大いに違いました。
 

これは、フレッシュアップされる前の写真で、まだKT88は挿さっていません。

 1ヶ月近く経って、新装なったA-3000がやってきました。
 ラックに据え付けて、各種コードを繋ぐのですが、そうするまでに、適当に仮置きしてチェックします。
 A-3000はまるで、鉄の塊みたいなトランスが2つも載っていますから一台が16kgの重さで、どこに置くにしても大変です。
 木の長椅子をラックのそばに置いて、その上にA-30002台を置きます。スイッチを入れると、真空管にポーッと赤い灯がつきました。緊張しました。大丈夫。何も起こりません。
 とりあえずFMを鳴らしてみよう。と、チューナーのスイッチを入れました。その瞬間!!。
 ポッと音がして、煙が出ました。オヤギ君は慌てて電源コードを引き抜きました。右のパワー・アンプです。
 何が起こったのか全くわかりません。配線ミスなどはありえないし、抵抗やコンデンサーが原因とも考えられません。とりあえず、再度持ち帰ってもらう事になりました。おそらくKT88球はいかれただろう。いささかショックでした。

 翌日、連絡がありました。どこにも問題は見つからない。原因は球自体ではないかというのです。
 ペアー管2個をもう一度買わないといけないのか。肩を落としながら、「そうなんか。しゃあないなあ」とぼくはつぶやいたのでした。
 「事情を話して交換を要求してください」
 「そら、君がやってくれんと」
 「いやいや、そういう交渉ごとはぼくはだめです。先生は得意でしょう。頼みます」
 こういう真空管のトラブルは、よくあるのだそうです。
 会社に電話して、事情を話すと、クレームの期限を一日過ぎているそうです。
 なんとかなりませんか。お願いしますとぼくは粘りました。
 「上と相談しますからしばらく待ってください」という話になり、成功を確信しました。
 いかれたKT88を2個送り返すと、すぐに新しいペアー管が送られてきたのでした。やはり日本はいい国だ。そう思いました。それは、こんな話を思い出したからでした。。

 友人のトミナカ君がチャイナにいた時のこと。近くの自転車屋さんで新品の自転車を買い家に乗って帰る途中に故障したのだそうです。すぐに取って返し交換を要求したら、それはダメと修理してくれたのですが、なんと修理代を要求されました。そんなバカなとはねつけると、あんたが代金を払った時点で、自転車はあんたのもんだから代金は払わないといけない。そういったそうです。
 なおも修理代を拒否すると、日本が戦争で悪いことをしたとあげつらい、公安に代金を払わない日本人がいると通報すると言われたと言います。

それにしても、KT88の音を聞くのには、まだ少しかかりそうでした。

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