”アラビアのロレンス”たちに山男のロマンを見た

 前稿で、「暴走族に教えを乞うた白バイ隊長」の話を書きました。この話を書いたのは『山渓』のどの号かを知るために『高田直樹著作纂』を開きました。
 この『高田直樹著作纂』というのは、ぼくが還暦を迎えたときに教え子たちが作ってくれたものです。ぼくが雑誌・新聞などに載せたもので単行本になっていない著作がほぼ全てA3のコピー用紙500枚ほどに収められて製本されており、重さは7.1キロもあります。
 探してみたのですが、ここにそれらしいものは載っていませんでした。その時になってぼくは気づいたのですが、その話を書いた『続・なんで山登るねん』は雑誌連載ではなかったのです。
 それは、1975年の「ラトックⅡ」登山遠征を行うために必要なお金を得るため、京都グランドホテルにまる一ヶ月缶詰になって、一気に書き下ろしたものだったのです。

 話が、脇にそれたようですが、件の話は、『続・なんで山登るねん』の「”アラビアのロレンス”たちに山男のロマンを見た」という項に書いています。
 ここに、その話を載せることにしました。

 ”アラビアのロレンス”たちに山男のロマンを見た

――― 一人の男が建物からでてくると、バイクに歩みよります。
 カメラは、上の方からその動きを追ってゆく……。
 男は手にした缶から、そのバイク――多分トライアンフだった――にオイルを注ぎ入れます。ゴーグルをかけ、男は走りだします。だんだんスピードがあがり、バイクの振動でふるえる顔のアップ。
 アンニュイに満ちた男の顔にある恍惚の表情がうかび、突然前方に乳母車。ブレーキの軋り、そして道からとびだしたバイクの車輪が空転している……―――。
 これは、あの有名な映画『アラビアのロレンス』の冒頭のシーンです。T・E・ロレンスはバイク事故で、四七歳で死にます。
 バイクに乗って走りだした時に、一瞬、あのシーンが頭をよぎり、少し不安になることがあります。でも、そんなものは、すぐに消えてしまうようです。
 身体全体に伝わるリズミカルなバイブレーション。空気を切り裂くスピード感。前方を見すえる集中感。こうした一種特別の緊張感は、全身をピリッと引きしめ、快い興奮を呼びおこします。
 こうした感覚は、丁度スキーで、コブの大斜面をとびはねながら降るのによく似ているような気がします。スキーだと、ある程度季節が限られるし、結構遠い所まで移動しないと、やれない。それに引きかえ、バイクは、ガレージまで、数十歩足らず歩いただけで済むんですから、うれしい限りです。いつだったか、もう大分前の事ですが、夜中に、急に走りたくなりました。多分年末だったと思います。
 ぼくは、スキー用の古いキルティングの上下を着込み、白絹のマフラーで覆面し、「ベル」のヘルメットを着けると、ダブルワン(WI)を引きだしました。そのまま押して、国道近くの人家の切れた辺りまでゆきます。このWIの素敵な轟音をひびかせるのには、あまりに夜更過ぎます。
 チョークを引いて数回の空キック。イグニッションを入れて、いよいよ始動です。セルモーターのないこのバイクの始動には、かなりコツがあるのです。だから、こうしたことを、「始動の儀式」などと呼ぶ人もいる位です。
 二回目のキックで始動しました。ぼくは、すぐ走り出しました。少し夜霧がでています。 エンジンがあったまり、調子がでてきたようです。タッタッタッタッと切れのよい音と、全身にリズミカルに伝わるバイブレーションに、少し酔ったような気分です。
 突然、はるか前方に黒い人影が現われ、ライトを、円く振っています。検問のようです。数人のオマワリの一人は、ぼくの免許証を調べ終ると、「気を付けて下さいよ」といい、ぼくは「おおきに」と答えました。
 しばらく進んでから、ぼくは引返しました。
 さっきの場所に近づくと、また三人が、ライトを振りながらとびだしてきました。
「さっき見せた」
「あっ、さっきの人ですな」
 それから、またぼくは引返し、また同じ問答があり、そのまま進んで、また引返した時、オマワリは、たまりかねたように、「おたく一体何したはりますねん」とたずねました。
 ぼくは、すました顔で、
 「ハァ、走って遊んでるんですワ」
 呆気にとられたのか、ポカンとしているオマワリを後にして、ぼくは家に向かったのです。
     *
 ぼくがバイクに乗りだしたのは、三十代も後半になってからです。冗談半分に、甥のCB250にまたがるというキッカケがあって、ほとんど衝動的に買ってしまったのです。‐
 衝動的にとはいうものの、車種はかなり検討しました。バイク屋には何十軒と電話しましたし、乗ってる友人にもききました。
 みんな、申し合わせたように、「小さいのんは似合いまへん」というのです。でも、暴走族と間違われても別にかまわんけれど、どうもナナハンは好きになれませんでした。
 困っていた頃、フト通りかかった、家の近くの「ウジカワサキ」というバイク屋でWIを見つけたという訳です。
 そこのオッチャンは、「おたくが乗らはるんやったら、これしかないで」と断言しました。ぼくはすぐ話を決め、そのまま乗って帰ることにしたのです。
 生まれて初めて、こんな二〇〇キロもある重量級のバイクに乗って、おっかなびっくり、ぼくは、ノタノタと走りました。心配した女房が、車で後についています。たちまち、長い車の列ができ、ぼくは冷汗をかきかき、約ニキロの道を、なんとか家までたどりついたのです。
 なにしろ、取回しさえ満足にできないので、ガレージの狭いスペースに収めるのに、一時間以上もかかり、ぼくは筋力を使い切った感じで、本当に疲労困懲の極みでした。
 とんでもないものを買い込んでしまった。いっそ返そうか。でも、「すんません。ぼくには大きすぎました」そんなこと、はずかじくていえるか。どないしょう。
 ぼくは部屋に座り、肩をおとして、いじけ切り、自問自答を繰返していました。きっと顔色も青ざめていたと思います。
 女房は、「どないしたん。しっかりしよし」と、ケラケラと笑いながらいいました。あんなに困り切った顔を見たのは初めて、それが面白かったのだそうです。変にはしゃいでいる女房の様子が無性に腹立たしくて、ぼくはムカムカしながら黙って、なおも自問自答をつづけていました。
 その時、一廻り以上も年上の義兄が現われました。彼は以前、「陸王」という「ハーレー」のデッドコピーの単車にのっていたベテランです。「すぐ来てほしい」という女房の電話で、何事かと駆けつけてきたというのです。
 「大丈夫や、こんなもん簡単や」
 彼はいともあっさりいい、「ちょっとかしてみ」というが早いか、物凄い爆音と共に、砂利をはねとばし、闇の中に消え去りました。あんな年寄りでも乗りこなしよる。オレにできん訳はない。よし決めた。乗ってやる。ぼくは、その時、そう決心したんです。
     *
 約一ヵ月間、毎夜、約三時間の練習をしました。
 初めは、近くのスーパーの駐車場、それからは国道、そして終りがたには、天ヶ瀬ダム沿いの連続カーブというカリキュラムです。天ケ瀬ダム沿いの道は、時々転落事故のある道です。ここを、車体を充分に倒して駆け抜けられるようになるのには、やはり二ヵ月かかりました。
 この間、お決まりの夜の練習では、ずいぷんと面白い事があり、色々の出会いみたいなことがありました。自動車旅行をしているという横田基地の米空軍将校が話しかけてきて、誘われるまま、夜中の一時に、ぼくの家までコーヒーをのみにやってきたこともありました。バイク好きには、不思議な連帯感があるのです。
 あの時もやっぱり、ぼくは、ミスター・ドーナッツで、休んでいたんです。かなり年輩の男が、「いい単車ですなあ」と話しかけてきたんです。
 「いや、ワシも前にダブワン(WI)のってたんや。今はゼッツー(ZⅡ)です」
 ぼくは、こんな年寄が、最新型のナナハンにのるとは、よほどのマニアだと思いました。
 「昔はようぶっとばしたもんやが、今はもう年やし、あんまり出さんようにしてるんや。こないだ名神通った時も一六○位しかださんかった。ワシ、テストライダーやったんやで」
 このオッサン、酔うとるのかな。それでデタラメいうとるのかな。ぼくは半信半疑で「へえー」と答えました。
 その前はなあ、白バイの教官やっててん。ウソやと思てるやろ。けどホンマや。それがまたケッサクなことで教官になってん。あんなあ、ワシ若い頃はケッコウ無茶してとばしててん。いつでも白バイをふり切って逃げるのがオモロてな。けど、とうとうつかまってしもた。ほんならナ、その白バイの隊長が、「○○君(名前は残念ながら忘れてしまいました)」ちゃんとワシの名前知っとるんや。それでナ、「君の技術がほしい。みんなに教えてやってくれ」そうゆわはるんや。こっちゃ、えろうおこられる思うてたのに、カンくるうたで。まあそういう次第で教官になったというこっちゃ。あんた白バイにつかまったら○○はんの友だちやいうてみ、カンニンしてくれるで。まあ府警には、もうワシの教え子も少ないし、どや分らんけど、滋賀県やったらバッチリや。
 ぼくは、まだ、やっぱり半信半疑でした。男は、しゃべり続けました。
 そやけど、事故には気ィつけや。実をいうとナ、いま事故見舞で病院からの帰りやねん。それもワシの息子や。あいつ、いま東山(高校)の二年やねけど、蛙の子は蛙や。単車が好きでなあ。どうもとばしよる。それで、スズカサーキット連れていって、さあ好きなだけとばせ。お父ちゃん追い越してみい、そういうて二人で走るんや。まだワシには勝てヘん。公道ではとばすないうたるのに、どないしたんか、ダンプにあたりよってなあ。イヤイヤ大したことなかったんや。
 それで、いま病院で息子にいうてきたんや。お前、こんなこと位で止めたら男とちがうぞ。お父ちゃんかて何回か危ない目には遭うてる。くじけんとやれ。そういうてきたんや。そやけどまあ、あんたも気ィつけるにこしたことないで……。
 時計を見ると、もう二時です。ぽくは、腰を浮かしました。男は、「いや長話で、つまらん話きかしたなあ」といい、ぼくは、「いいえ、えらいええ話をきかしてもらいました」と答えました。
 「エンジンかけて、音きかして」
 男はそういって、ぼくについてきました。ぼくのWIは、見事に一発でかかり、その独特の排気音を鳴り響かせました。
 家に向かって走りながら、なんだか、狐にばかされているんではないかしらん、そんな気がして、よほど頬をつねってみようかなと思いましたが、片手を離すには、ぼくはスピードを出しすぎていたんです。