辛坊治郎氏の失敗に思う

ブラインド・セーラーと一緒に太平洋横断を計った辛坊治郎の試みは、原因不明の浸水事故によって失敗に終わり、メディアの大きな話題となっています。
ネットの書き込みも炎上に近い状態のようで、辛坊治郎氏は左からも右からも集中砲火を浴びています。
人の不幸が嬉しいのは、人間本来の悲しい性ともいえるようで、気の毒ともいえますが致し方のないことだとも思えます。
それにしても、浸水の原因はなんだったのか。それについての追求がなされないのはどうしたことなのだ。
最初から気になっていたのはこのことです。
クジラにぶつかったって。そんなバカな話はない。
クジラが体当たりする訳はない。ぶつかってくるヨットを避けないクジラはいない。そう思うからです。
会見での記者たちのしまらないぼけた質問に対して、辛坊氏は「あり得ません」と座礁の可能性を強く否定しています。それは当然でそんなものがある海域ではない。
では何に当たったのか。
結論を言うと、ぼくの推理によれば、海洋漂流物です。
東北大震災のがれき総量は2000万トンで、そのうち500万トンが太平洋に流出した。7割の350万トンは日本海沿岸付近の海底に沈みました。残り3割程度の150万トンが漂流物となっていると考えられるのだそうです。
これらのものもだんだんと沈み、現在はもっと減っているのですが、その9割以上が沈みにくい家屋の一部及び流木と考えられています。
辛坊さんのヨットは、こうしたものに衝突したと、ぼくは考えています。

記者会見での発言によれば、午前5時までウオッチしていて、その後8時まで仮眠させてもらおうと、横になったといいます。「寝る前に24マイルのレンジでレーダー確認をしていて24マイル以内には少なくとも海上にぶつかるようなものは何もないということを確認して寝ていた。何かが当たるということはまったく想定していなかった」
24マイルレンジのレーダーで表示されないからぶつかるものがないといえるのか。これはとんでもない間違いだといえます。だいたい盲導犬が眠ってはいけない。

辛坊氏は出発前に「盲導犬になる」と発言されていた。これを聞いたとき、ぼくはある違和感を覚えたのを記憶しています。盲導犬がどんな訓練をするのか知っておられるのだろうかと思いました。
二人はこうも語っておられた。
「あくまで主役はHIROさんです。ぼくは海の盲導犬として、機械が壊れた時に直すのが仕事です」
岩本「辛坊さんは表現がとても豊か。太平洋を横断を表現してもらいながら、ぼくは頭の中でイメージしながら、セーリングができることがとても楽しみです」
辛坊氏は大学の頃からヨットに乗っておられたそうだが、外洋の経験はあったのだろうか。
訓練過程を終えて一応完成したとされる盲導犬は、その主人となる盲人と何日にもわたって訓練を行い調整をすると聞いています。
二人は、そういうことをやったのだろうか。まったくの素人のぼくが考えても、すくなくとも日本一周くらいの訓練が必要だったのではないかとも思えます。いや、多分こっちの方がよほど難しいかもしれません。
ヨットに詳しい朝日新聞の藤木高嶺氏から直接聞いた話によると、ヨットは登山に比べると比較にならぬ位安全なのだそうです。
たいたい横断とか一周とかというヨットの冒険で死んだ人はほとんどいないのだそうです。
だからお二人もとんでもなく安易に考えてしまったのかもしれません。そう思って前記の発言を聞くと、それは冒険の何たるかを知らないとんでもないお花畑思考に思えます。

この事件を知った時、あまり脈絡がないとも思えるある記憶が蘇ってきました。それはたしか1968年の昔のことでした。その年の夏、出来たばかりの富山県千寿ヶ原の文部省登山研修所でのことです。大学山岳部のリーダー研修のインストラクターを依頼されていたぼくは、劔沢から下山してきたのです。赴任したばかりの職員で後に所長にもなった長野県の体育教師だったという柳沢さんが、迎えてくれて「今西錦司先生だけがお着きです」といいました。
今西先生と話したことはなかったのですが、お部屋に伺うともう寝る準備をしていた先生は、「ええ、ええ。お入り、お入り」と気安く招き入れてくださり、二人で茶碗酒を飲みながら夜半まで話したのです。
「ほんで、あんた。どっか遠征の話あるんけ」と今西さんは尋ね、「はあ、エベレストの話があるんですが・・・」とぼくが答えると、間髪入れず今西先生は、「きみぃ。名誉心に駆られたらあかん」といったのです。「それより、あんたがさっき言ってたスワットはオモロいやんか。それわしも連れてってぇな」とつづけたので、その話は終わりになったのです。
しかし、この一言は強烈に心に残り、この全日本隊の首脳格だったぼくが、まもなく起こった内紛を契機に、あっさりと引き下がったのは、この今西先生の一言が原因だったように思います。
その後もこの言葉は、胸に深く沈み、ラトック1の成功の後でも、朝日新聞が帰国予定日を問い合わせてきたときも言葉を濁して答えず密かに帰国したし、テレビの出演にも応じなかったのです。山登りで成功すると人間がおかしくなるという固定観念に捕われるようになり、帰国後はけっこうひどい鬱状態になっていました。

冒険と呼ばれる試みを取り巻く環境は大きく変わりました。昔はそれは偉大な男のロマンであったかもしれません。山登りという遊びに於いても、有名な登山家・大島亮吉がその著書の一文「涸沢の岩小屋のある夜のこと」に書いている如く、「男が死ぬことを覚悟してやっていることに、冗談ごとはないからね」ということだったのです。
しかし、今日びのイベント・ビジネスにのっとった冒険は、まさに冗談ごとではないか。そんな気がしています。
昔と比べてその環境で一番大きく変わったことは、通信手段の発達だと思います。
大分前のことですが、スペース・シャトルが大きな話題になっていた頃、家内がこんなことをいい、はっと胸を突かれたことがありました。
「あんな宇宙飛行士の奥さんて幸せやなぁって思うよ。いつでも旦那さんと電話で話せるんでしょ。私はお父さんが山に向かったら、もう何ヶ月も一切連絡が途絶えて生きてるのか死んでるのかも分からんのやもん」

いまや、巨大な広告代理店が冒険を企画しコントロールし、命をかける冒険ビジネスで利潤を得る。あの植村直己さんも、ある意味でそうしたビジネス企業の犠牲者だったとぼくは思っています。
辛坊氏の場合、企画した人がいたようで、その人は間寛平氏の冒険を立案した人たちでもあったようです。
だから、間寛平氏が太平洋・大西洋で使ったヨットをそのまま使うことになりました。ヨットも用意されているし、ハンディ・キャップをもつ人たちを勇気づける企画ではないか。そう思って辛坊氏はすぐにこの話に乗ったのでしょう。多分名誉心に駆られたのでしょう。岩本さんに関しては、記者会見を見た感じでは、そんな強烈な欲求があったとは感じられませんでしたし、まあそんなありがたい話があるならということだったのではないでしょうか。
仮にこの話、これを山の世界に置き換えると、どうなるでしょう。大学時代から山が好きで山登りを続けていた人が、海外登山は長年の夢だったからと、そういって盲人をガイドして、マッターホルンに登ろうという企画を直ぐに受けるでしょうか。
しかし、さっき言ったように海で死んだ人はいないし、安全とはいってもそれはあくまで山と比べての話です。
間寛平さんの場合、外洋経験者を同行しました。彼はこの辛坊さんの企画のことを「なめたらえらいことになる」と語っていました。

辛坊さんのヨットが、浮遊物体に衝突して浸水沈没したのは確率の問題といえます。1メートル横を過ぎていたら何事もなかった。だから大変運が悪かったともいえるでしょう。冒険には多かれ少なかれ確率の問題が潜みます。冒険を実行する人は、その確率をいかに自分の方に引き寄せようかと、あらゆる準備と努力を重ねる。冒険というからには、生き死にが掛かっていますから、必死です。しかし、いくら努力し準備万端行っても0%にはなりません。
これがまた困ったことで、勝てば官軍で、成功すれば全ては是とされ、失敗すればことごとに叩かれる。
変にはしゃいで、辛坊氏を悪し様に罵るべきではないと思うのです。失敗した人を思いやるのは日本の美しい伝統なのですから・・・。それを溺れた犬を叩くようなことをするのは、どこかの国の人たちと同じになってしまうではありませんか。だから、ぼくたちは、みんな無事であったことをまず喜ぶべきだと思うのです。
想像してみてください。ブラインド・セーラーが亡くなっていたら・・・。あるいは、海上自衛隊の二重遭難が起こっていたら・・・。
それはそれは、とんでもない騒ぎになっていたでしょう。この冒険イベントを企てた人たちは深く自戒すべきだと思います。

そういう訳ですから、辛坊さんたちもある意味被害者といえると思います。だから、いくら彼がイラクの拉致事件に際して「自己責任」を声高に言っていたとしても、そのことをしつこく追求すべきではないと思うのです。自衛隊は命令されればどんなに危険であってもその命令を遂行しようとする。それが軍隊というものなのです。辛坊さんは救助してくれた隊長の名前を聞いてお礼をしようとしたそうですが、それは拒否されました。当たり前の話で、その隊長が救助しようと決めた訳ではない。お礼を言うなら海上自衛隊にいうべきなのです。
彼は記者会見で、涙ながらに次のように語りました。
「僕は本当にね、たった2人の命を救うためにね、11人の海上自衛隊の皆さんが犠牲になるかもしれない思いで着水してくださって、僕は本当にね、この素晴らしい国に生まれてよかったなって」
ほんとにそう心から感謝するなら、第二の人生が始まったと思うなら、この素晴らしい国を貶めるような言辞を弄する人たちに対面した時には、今後は明確な意思表示をしなければいけないし、そう出来ないとしても同意するような態度を取ってはいけない。近隣諸国が日本国に仇なす態度を示した時には、明確な意思表示をしないといけません。
そうでなければ、あなたは言動不一致の男と思われ、心ある人々から心のうちで唾棄される輩と成り果てることを覚悟しないといけないと思います。