「いじめ自殺」事件に思う

またしても、「いじめ」事件が起こり、メディアが騒いでいます。
「いじめ」はあったのか。
アンケート調査を行って調査中。
事実を隠蔽しているではないか。
事実がハッキリしない、水掛け論。
学校、教育委員会を追求。
「いじめ」を無くすにはどうするか。
などという議論が繰り返されますが、「いじめ」はなくなりません。「いじめ」が根絶できると思っている人はほぼ皆無だと思うのですが、もしいたとしたら、その人は戦争はなくなると信じているようなお花畑論者に似ているでしょう。

いじめは根絶できないにしても、減らさないといけない。努力しないといけない。実に各種各様の対策が示され続けてきました。人権教育を徹底しないといけない、などなど。人権教育でいじめがなくなるとは思えないのですが・・・。
担任教師、校長、教育委員会、教育長が攻撃の対象というより別のいじめの対象になるかのようです。
不思議なことに親が批判されることはあまりないようです。
こうしたいじめともいうべき追求によって、校長が相次いで自殺するということも起こっています。

今回のいじめによる自殺事件の特徴は、すばやくその遺書が公開されたことです。それは、こんなものでした。
[自殺中学生の遺書]
まず、自殺しようと思ったのはなぜか、ですが
一つ目、自分自身に嫌気がした
二つ目、いろんな人から死ね、と言われた
ということがあったからです
一つ目については、嘘をたくさんつく
提出物も出さない
そんな自分が嫌になりました
先生や両親には、
こんな自分を変えられなくて申し訳ないです
二つ目は、そのまま、あえて名前はあげません
気付いてあげられなかったなどと
後悔しないでください
自分から、隠していたのですから
大丈夫なように振舞っていたのです
悪いのは自分と一部の人なのですから
さようなら
もし死後の世界があるなら見ています
ありがとう

なんという悲しい内容でしょうか。これを読んで、ぼくは呆然として言葉を失いました。そして、こんな遺書を公開した人たちに憤りを覚えました。これを公開することがどんな意味があるのでしょう。全くマスコミの良識を疑うというべきです。

いじめの対策は、多岐にわたります。ネットでも公開されています。
【いじめ発見・対応、いじめ防止のための実践プログラム】
江戸川区教育委員会が作成したいじめ防止のためのプログラムです。26ページとボリュームもあり、内容も充実しています。カラーでとても見やい。
【家庭でのいじめ発見チェックリスト】
高知県教育委員会が作成した家庭で誰もができるいじめ発見のためのチェックリストです。「うちの子はなにか変だ」と思ったらすぐにチェックしてみてください。
【いじめ問題学習資料】
富山県教育委員会製作の子供たちに「いじめ」を考えさせるための資料です。 小学校用、中学校用があります。
【いじめに関する文部科学省の主な施策等について】
文部科学省がいじめ問題に対して、どのような対応を考えているのかがわかります。これらの施策を次々と実現して行って欲しいものです。

ほかにも色々の取り組みが行われてきました。しかしいじめ事件は後を絶ちません。
ぼくは、ずっと前から不思議に思っているのですが、いじめに耐えうる子供をどう作るかという視点が、なぜいじめ対策の一つに上がらないのか、ということなのです。
いじめられても平気な子供を作れば、問題はなくなるのではないか。いじめられて自殺するくらいなら刺し違えて死ぬ覚悟で立ち向かえばいいではないか。
いつだったか、たぶん「たかじんのそこまで・・・」でだったと思うのですが、ざこば師匠が「いじめ」について、こんな体験を話していました。
「わしもな、いじめられてたことがあったんですわ。わし小そうて弱かったから、ずっと我慢してたんやけど、とうとう切れて、死ぬ覚悟で立ち向かったんや。そらもう、顔が変わってたと思う。顔は真っ青や。そしたらそのいじめっ子が逃げ出しよった。わし泣きながら決死で追いかけたんや。ほんならもういじめんようになりよった」
人には堪忍袋という袋がある。その袋の緒が切れた時にはただではすまんということを教えることが出来るのか。たぶん無理なのではないか。決闘を薦めたり説いてる訳では決してありません。覚悟を言っているのです。
そういう教育が出来ないのは何故なのだろうか。これは考える必要のある問題だと思うのです。

ぼくが教師になった頃、K先生がお酒を飲みながら、こんな話をしたのを覚えています。彼は、ぼくの教育実習のときの指導教官で東京教育大を出た俊英で、ぼくは兄貴分のように慕っていたのです。家内を紹介してくれたのも彼でした。
彼が教育委員会に移ることになって、「この男を後に入れんかったら移らん」と交渉して、強引に後がまにぼくを引き入れてくれたのもK先生でした。その高校にはH先生という北海道出身の巨漢の体育の先生がいました。砲丸投げの国体選手だったそうです。彼はK先生と親しかった。
「おれは、もしかしてHと喧嘩になって、取っ組み合いになったら、体格からしてとても勝ち目はない。でも勝つ方法はある。考えたんや。噛み付いてやろうと思ってる」
なるほど、噛み付くんか。のど笛に噛み付いたら、倒せる筈や。ぼくはそう考え納得したのです。これも覚悟の一つだと思ったのです。
まあ、あまり喧嘩に強くなかったぼくも、高校では柔道部に入って鍛えていましたから、誰にも負けることはないと思っていたのですが。

ぼくは学校に行くまでの幼年期、山奥の茅葺き屋根の家で、祖父母に育てられて大きくなりました。村の少し離れたところには、同年輩の子供もいましたが、家の格が違うからと遊びに行くこともその子が来ることも許されませんでした。
ぼくは、蝉を捕ったり、蟻地獄に蟻を投げ込んで、それを観察するというような、いささか残酷な遊びをして、たった一人で日々を過ごしました。
ぼくの息子が、まだ幼稚園に上がる前のことです。泣きながら家に帰ってくると「○○ちゃんが遊んでやらないと言った」とうったえたので、ぼくは激しく叱責しました。「ばかもの!、遊んでもらえなかったら一人で遊べ。おれはお前ぐらいのときは、いつも一人で遊んでいたんじゃ」

「弱いものいじめはいけない」は、子供のときから徹底的に教え込まなければなりません。自分の子供がこの戒めを破ったことが判明したときは、足の甲を叫び声を上げるまで踏みつけて教えるべきでしょう。
学校の先生たちは、いじめる子供の集団に、いくら人権教育をしてもなんの効果もないでしょう。むしろ、いじめられている子に寄り添い、耐え抜くことを教えるべきだと思います。いじめは大人になっても存在するのですから。

「身体髪膚これを父母に受くあえて毀傷せざるは孝の始めなり」
この文言は、子供の頃から父親が繰り返し口にしていました。
ある時、ぼくが海外遠征をする前に、もしかしたら帰ってこれないかもしれないと言ったとき、親父は血相を変え、「子供が親より先に死ぬこと認めるのか」と大声を上げたのです。
そのとき、この文句が頭に浮かんだのを記憶しています。

少し突飛な連想かもしれないのですが、日本の国の現状を考えてしまいます。近隣諸国からいじめとも取れる難題を吹っかけられても、まともに対抗も出来ずただただ穏便に済まそうとする。事を荒立てると戦争になる。戦争になったら負ける。だから譲歩も致し方ない。ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの呪いをかけられて六十有余年、日本人はとてつもない弱虫になってしまったのかもしれません。
負ける戦争でも、誇りを保つ為には、戦わなければならないという考えは皆無で、無事なのが善いことなのだ。きっとアメリカか国連が守ってくれるだろう。

国の形を掲げる徳目を失い、ただ人権を唱える。覚悟を教えずに人権を教える。戦ってはならない、仲良くしよう。侵略するよりされる方がまし。なにより人権が最優先。強くなってはならない。拉致されても、閉じ込められても、何もしないで身を任せて終いには殺される。
日本にゴマンといる護憲派の左翼先生やリベラル派の先生方は、もしかしたら、いじめ自殺だけではなく、尼崎連続殺人事件さへも生み出しているのではないだろうか。
そんな妄想ともつかぬ事を考えてしまい、情緒不安定を来してしまうのです。