哀れな文化的自傷国家「大韓民国」

またまた、韓国がやってくれましたね。サッカー場での横断幕での件です。安重根の顔を掲げたりもしました。これって一体どういう意図があるのでしょうか。この伊藤博文を暗殺したテロリストを、サッカー場に掲げることで、一体なにをいいたのか。ぼくには分かりません。
韓国の若者はどうして、こんな意味不明なことをするのでしょうか。それにしても、このタイトルも意味不明だと思っていらっしゃいませんか。最後の方でお分かりになるでしょう。

さて、こうした過激な行動を繰り返す若者の彼らは知っているのでしょうか。伊藤博文が韓国で行ったことを。彼が暗殺された後も引き続き日本が行い、韓国の発展を支えた多くの事例を。
皆さんはすでにご存知のことと思いますが、ここに上げてみることにします。
・当時人口の30%を占めていた奴婢(奴隷)を解放しました。
・それまで禁じられていた女性の再婚を認めました。
・日常的に行われていた人身売買を禁止しました。
・纏足を禁止し、少女を妓生(キーセン)とすることを禁止しました。
・通貨制度を整備し、度量衡を統一しました。
・治水事業による耕地拡大と農業の近代化を行いました。
・小学校5,000校以上、大学など1000校以上を建設しました。
・京城帝国大学を作りました。これは、大阪帝国大学の創設よりも前のことでした。
・ハングルの整備と普及を行いました。当時識字率は数%で、文字は漢字だったのをハングルを導入した。
・西洋医学や衛生思想の普及、疫病の防除と罹患者の隔離、医療施設の整備を行いました。
・インフラの大規模整備。

こうした施策のあと、朝鮮はどう変わったのでしょうか。次に上げます。
・1920・30年代GDP平均成長率4%になりました。当時、1920年代の世界経済は2%以下、日本は3%強でした。
・1人当り国民所得が1910年の40ドルから倍増しました。
・耕作地が拡大し(246万町から449万町まで)、米の反当り収穫量が0.5石から1.5石まで3倍に増しました。
・農産物、工業製品の輸出の急増しました。そのため、日本で朝鮮半島米の輸入反対運動が起こった程でした。
・人口が1300万人から2600万人に増加しました。
・識字率が61%を超えました。1944年、併合時は4%程度と推定されていますから、驚くべき変化です。

併合は、言語解釈としては、植民地化という範疇に入るかも知れないとはいえ、その内容はアングロ・サクソンの行ったものとは、決定的に異なっていました。白人のそれは、いわば奴隷を作る政策でしたが、日本のそれは奴隷を解放するものでした。
台湾に関してもそうだったように、それは日本にとって、兄弟が出来たような感覚だったのだと思われます。これは日本の民族性のなせる業であって、世界中他のどの国にも理解できないことだと思います。だいたい、植民地に帝国大学を創った宗主国など聞いたことがありません。
理解できないことは、知りたくもないことでもあり、知れば自分たちの所業を悪行と考えざるを得なくなってしまいます。ここにアングロサクソンの国々が、韓国・チャイナの「歴史認識問題」に同調する理由があるとぼくは思っています。

それにしても、上にぼくが上げたような事実は、少し調べればすぐに分かることだと思うのです。
しかし、大学図書館の利用率は数パーセントと統計もあるくらいだし、どうやら真実を見極めようというような性向を持つ国民ではないようなのです。
もし極めて稀に例外的な若者がいたとしても、彼はもう昔の文献を読むことが出来ません。
彼らは、漢字が読めないのです。
ぼくが海外に出かけた最初の頃、機内には韓国の新聞がありました。それを手に取ってみると、各記事の内容はほぼ類推することが出来ました。漢字が点在しており、飛び飛びの漢字をつなげることで内容をだいたい知ることが出来たのでした。
しかし現在では全く無理でしょう。すでに韓国の文字はハングルだけで漢字の使用を止めて久しいからです。

ここで、韓国に於けるハングルの歴史について述べてみましょう。
李氏朝鮮の時代、これは1392年から1910年まで続いた朝鮮半島の最後の王朝のことですが、とんでもない階級制の社会で奴隷が存在していました。これは余談ですが、いわゆる韓流ドラマではこの王朝が実にきらびやかな色彩で描かれているようです。でもこれは架空のドラマで、この時代には染色技術はありませんでした。衣服はすべて白無垢だったといいます。水車もありませんでした。木を曲げる技術がなく、日本が教えても駄目だったといいます。
現在の韓国でも地場産業が育たず、部品をすべて日本に頼らざるを得ないのは、手作業を嫌う民族性があるようなのです。この国では、もともと肉体労働は下層の人がするものだという意識があるといいます。自転車に乗る人が少ないのと、関係があると思われます。

李氏朝鮮から話が脇にそれたので、戻します。李氏朝鮮の第4代王「世宗大王」が1443年にハングル文字を開発しました。これはちょうど日本の「ひらがな」あるいは「カタカナ」にあたるといっていいでしょう。
日本のひらがな・カタカナの母音がたったの5つなのに対し、ハングルでは10個もありますし、子音は17個もあります。だからどんな発音も出来ると誇って言う人もいます。
しかし、韓国人の発音を聞けば分かるように、聞き分けられない音は存在します。たとえば、「朝鮮をパカにするな」とか、日本人と「トコ」が違うんだという言い方に示されるようなことは存在しています。

チャイナの人は、濁音が苦手です。布団を「フドン」といい、携帯を「ケイダイ」と言ってしまう。これはちょうど、日本人が右(right)と光(light)が区別できないのと同じでしょう。
タイの人は、エス音が苦手です。フィッシュ(魚)が言えません。フィッチとなってしまいます。ぼくがバンコックで英語を勉強していた頃のクラスメートの一人は、ボストンがどうしてもボトン(お尻)になってしまい、アメリカの大学受験の為のビザ支給の時に、大使館で難癖を付けられたと話していました。
日本人は、RとL音の発音分け(聞き分け)が出来ないのは、日本語に、いわゆるその音素がないからで、無理に頑張って巻き舌にする必要はないと思われます。
どの国にも同じような事情があり、それはお国なまりとして許されることだと思うのです。

よく知られている「ジョン万次郎」。彼は子供の頃、アメリカの捕鯨船に助けられ、アメリカで教育を受け、明治維新で大きな働きをしました。彼が作った英会話辞書があります。それによると、水はワラ、白はワイとなっているそうです。
かつて、万次郎辞書をもとにした英語教育が唱えられたこともあったといいますが、続くことはなかったようです。
戦後の始めの頃、横浜の子供が米人の子供と遊んできて、「白はワイで、赤はウレだよ」と言ったという話を聞いたことがありますが、これからいうと「右はウライで光はライ」となるのでしょうか。いやいやこれは面白い。まるで、日本人機長のアナウンスみたいじゃないですか。

またまた筆が横に逸れてしまいました。それで、ハングル文字です。李王朝4代の「世宗大王」は、識字率を高める為に、ハングル文字を作ったのです。しかし、漢字を使える一握りの知識人(両班リャンバン)には、「女文字」「子供文字」「便所文字」と蔑まれ、全く使われませんでした。最も小学校もなかったのですから普及させることなどどだい無理だったのです。
そして50年ほどたった頃、10代王「燕山君」は、ハングルの使用を禁じ、使用したものには刑を科しました。
この状況を変えたのが、1910年の日韓併合でした。朝鮮総督府は小学校の設置とともにハングル教育を行いました。日本語教育も行ったのは当然のことです。ハングルと漢字の混合による表記だけではなく、ハングルのみでの「分かち書き」を薦めたのは福沢諭吉でした。彼は朝鮮の文明開化に大変積極的だったのです。その彼が後に「脱亜論」を唱えた意味を今改めて吟味する必要があると思っています。
いずれにしろ、朝鮮人が見捨てたハングルを蘇らせ、小学校で教えることにしたのは、伊藤博文だったのです。

ところが、<日本統治時代>が終わりますと「漢字」が日本語の残滓ということで、<ハングル至上主義>がまかり通ることになりました。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」そのものの話です。しかしハングルを普及させたのは日本総督府であったという歴史的事実には、目をつぶっていました。
「漢字」が排斥され、街の看板からも「漢字」が消え、1990年初頭にはほとんど消え去ってしまいました。しかし、朝鮮語の約70%は漢字から来た言葉で、漢字語の約70%は日本語から来たものです。これを排斥してしまったら、会話が成り立たないのです。

漢字排斥による色々の問題は継続して論じられており、「50年戦争」などと称されているようです。
帰化韓国人で拓殖大学国際学部教授の呉善花さん、彼女は家族の墓参の為に韓国に向かったのですが、理由を告げられないまま入国を拒否されたことが報じられて話題になりました。
彼女は次のように言っています。
韓国人は世界一読書量の少ない国民と揶揄されていて、韓国統計庁による調査では韓国人の40%以上が年間1冊も本を読まず、平均読書量は5.3冊だという。
 書物に漢字語がたくさん出てくると意味不明な言葉の羅列に見えるが、ハングル専用世代はそこを読み飛ばす。残りの文脈でなんとなく理解した気になるのである。したがって本を読む気も失せ、読書量は激減するわけだ。
 さらに恐ろしいのは文化の断絶である。古典や史料がどんどん読めなくなり、大学の研究者たちでさえ1960年代に自らの指導教授が書いた論文を読むことができないのだから、問題の根はとても深い。
 折に触れて漢字の復活が議論されたが、「世界一優れた文字を守れ」と主張するハングル至上主義者たちの反対に遭い、今や教師の世代に漢字を教えられる人材がいなくなってしまった。自分たちの大統領である「朴槿惠」はおろか、過去の調査では大学生の25%が「大韓民國」を漢字で書けないとするものもあった。

韓国の人たちの頭からは日本が離れないようなのです。腹が立って仕方がない。
古来、日本などとんでもなく辺鄙な地方の小国で、そこに住む人間は田舎者だと思っていた。ところが、明治維新を成し遂げ、あの敬って止まない清を倒し、一気に世界の強国になった。いろいろやってくれて嬉しいけど悔しくて許せない。そんな混乱して倒錯したような心情になったのでしょうか。
そして、どう間違ったのか、漢字は日本に支配されたことの象徴だと思い込んでしまった。
若者は、ハングルは日本が普及させたことは知らなくて、漢字を捨てればすっきりすると思っています。こういう混乱した怒りの心情による行動は、いってみれば、一種の文化的なリストカットではないのか。ぼくにはそう思えるのです。
次のようなツイッターの書き込みを見て、その思いをさらに深くしました。

韓国も元は漢字を使っていたが廃止して全部ハングル使用にしたしベトナムも同じことをした。
諸外国で日本だけが漢字を使用しているのは理解できない。漢字は中国からきたものだしこんなものをいつまでも使っているから中国から文化的子分のような扱いをされるのだ。
日本も韓国に見習って漢字を廃止するべきだと思う。
また「地球上で最も未開で使い道のない文字は漢字である」というスレッドが立っており、その一つに次のようなのがありました。
そもそも漢字なんてものはスタートから図形を文字化したもので無知極まりない。
中国人の習性すら疑われる。
漢字は今後廃棄されなければならない文字1位だ。
韓国の学生たちに無理やり漢字を学ばせることは可哀想。
漢字を学ぶことなんて、70~80年代に大学を卒業した人たちが、ちょっと勉強したことをひけらかそうと、漢字混じりの新聞を読んで自慢するためのものだろ。
確かにハングルも元は漢字がベースになっているが、今はまったく不必要。
漢字は現代において最も実用性のない言語だ。
漢字書いてみるとハングルの優秀性が改めてよく分かる。

論理的思考や哲学的思考の素材となる概念を表わす漢字を知らない若者はこういう考えしか持てないというサンプルのような気がします。それはちょうど、数学の記号を使わずに方程式を記述するようなものです。
こうして、どこに原因があるのかが分からないままに不安といらだちをつのらせた若者は、まるでリストカットの如くに過激な行動に走るのではないか。
それにしても、こうした若者とつきあっていかないといけない日本の若い世代は、どうすればいいのでしょうか。
それは、やはり、福沢諭吉の「脱亜論」ということになります。
へんな親切心などは決して出さず、距離を置いてつきあう。これはチャイナに対しても同じです。
韓国との付き合いに、人との付き合い方を援用してはなりません。韓国人との付き合いは、人と人との付き合いですから、自由にやったらいいのです。
ただこれが国となると、お隣さんだからとか、一衣帯水などという言辞は危険な表現と知るべきです。
そんなことで、一体どうなるのでしょうか。どうなってもそんなこと知ったことではない。関係ないという考えをしっかり持って、へんに焦ったり、ちょろちょろしないことだと思うのです。
チャイナを含めて、どうなったって、たいしてというか決定的に困ることはないのですから。
そうしておれば、50年位したら、あるいはチャイナの国の形が変わってきたりしたら、もっと早く状況は変化するかもしれません。
まあぼくはその変化を見ることは出来ないと思っているのですが・・・。