京都新聞から産経新聞へ

 朝日新聞を止めたのは、もうずいぶん前のことです。
 とはいえ、朝日はなんとなく高級な新聞だという気がしていたし、父親も戦前から朝日を取っていたこともあって、新聞といえば朝日だと思っていました。
 ちょっとおかしいんではないかと思い出したのは、たしかベルリンの壁崩壊とそれに続くソ連邦崩壊などの歴史的事件の後だったように思います。だから1990年代のことです。
 どうも朝日は世界の動きが分かってないんではないかと思うことが多かったのです。それでも、ほかの新聞と読み比べたりはしてませんでしたから、けしからん新聞だなどとは夢思ってはいませんでした。その頃は、英字新聞のヘラルドトリビューンを半ば恰好付けみたいな感じで取ったりしていましたが、熱心に読むのもしんどいので、見出しを見る程度でした。
 そんなわけで、相変わらず朝日を惰性で取り続けていたわけです。

 ある時、京都新聞を取ったらお鍋を差し上げます、替えませんかと言うたはるよ、と家内がぼくに告げました。訊いてみると欲しい鍋なのだそうです。朝日を止めることになんの抵抗もなかったのですが、京都新聞がいやだったらどうすればいいのか。取り始めたら一年は続けるという条件がついているそうです。
 考えてみると、京都新聞はかつてぼくに連載をさせてくれた新聞でもあります。山村美紗さんのサスペンス連載につづいて、ぼくが自伝的教育論「いやいやまあまあ」という読み物を三ヶ月に亘って連載をしたことがあったのです。
 その頃聞いた話では、文芸や文化欄はレベルが高いということでした。もっともそういったのは、ぼくの担当だった文芸部の記者でしたし、確かにそれは当たっているかも知れないと思っていました。

 むかしからの友人のスミさんは、「わしはむかしから京都新聞や。やっぱり京都のことは京都新聞が一番詳しいしな」といやに確信的に言いましたが、京都新聞が京都に詳しいのは当たり前の話で、別に褒める話ではないとおもいました。
 むかしは三面記事をよく読んだものなのですが、いまではほとんど見ることもありません。一面の見出しを見て、次に見開いて二面・三面をみる。そのほとんどは、すでにテレビやスマホのニュース記事で知っているものばかりです。
 しっかりと目を通すのは背中のテレビの番組欄だけです。
 
 京都新聞が駄目だと思い出したのは、考えてみれば、東日本大震災の後くらいだったような気がします。ということは、この<葉巻のけむり>をスタートさせた頃からということになります。
 読むところがないのです。国際関係の記事も駄目だといったら、友人の一人が「そら共同通信の引き写しやからしゃあない」と言いました。「なにがいいんやろ。産経にしようか」といったら、「あれは右翼新聞ですよ」と彼はいい、ぼくは大いに興味を持ったのです。日本は思想の座標軸が大きく移動していて、真ん中は左翼となっているので、本来の真ん中は右翼となり、そうなると左は極左というかアナーキズム信奉者たちとなっている。ぼくはそう感じていたからです。

 それで、止めよう止めようと思いながら、つい延び延びになっていた新聞の変更をようやく行ったのが、二ヶ月ほど前のことでした。産経に替えたのですが、なんとなく不安で、つまりこれでよかったのかという気がしていたのです。
 数日前、急に思い立って、比較してやろうと思いました。
 家内にいって近所で新聞を借りてきてもらうことにしました。京都はすぐに手に入ったのですが、朝日は駅前まで買いに行ったそうです。他のものも集めればよかったのですが、そんなに大掛かりにやるのもしんどいし、まあ京都と比べて、それよりましだと思えたらそれでいいと思ったのです。それは先月、7月27日の日曜日のことでした。

産經新聞

産經新聞


 産經新聞から見ます。一面トップは「食品機能表示来春から」という見出しで、食品の目に良いとか膝に良いとかの表示を可能にするようになるという食糧庁の方針を伝える記事です。
 そして、「ガザ死者1000人超す」というイスラエルの戦争の記事。
 左には、「歴史戦」という連載コラムがあります。
 第4部 利用される国連
というサブタイトルがついています。
「慰安婦=性奴隷」という横置きタイトルがあり、「生みの親は日本人弁護士」
という大見出しがあります。
 これは4面に続きがあって、タイトルは「元慰安婦支援団体や北と協調」となっています。

京都新聞

京都新聞


 次に京都新聞。一面には異常に大きな見出しで、「炎暑列島猛威」とあります。そして「ガザ死者1000人超」これは、共同通信の記事でしょう。
 一面コラムには、「天眼
」と名前の付けられたものがあって、佐和隆光(滋賀大学長)
氏が「稼ぐ力」と題する経済問題に関する論評
を書いておられます。調べてみると、彼はアベノミックスに反対する経済学者で、反原発論者
のようです。
 安倍政権を全体主義の反動政権というような主張を巧妙に展開しているように思われました。「佐和隆光」「批判」でグーグって見るといくつも記事が現れました。反論するに足る権威のようです。
 他に読むべきものはないようです。

朝日新聞

朝日新聞


 どうでもいいのですが、朝日の一面は、「原発避難悩む各国」「熱中症9人死亡」となっていて、コラムはなし。
 この「原発避難悩む各国」に関しては3面に米・仏・韓の事情という関連記事があります。37面のいわゆる三面記事に「はだしのゲン」を取り上げているのが朝日らしい。外国に支社が少ない(持たない?)だから共同通信頼りの京都新聞と違って、朝日は沢山の支社を持っているようです。アメリカの支社に反日ともいえる日本批判の記事を送り、これをアメリカの新聞に載せます。そして朝日新聞で、これらの記事を根拠として、外国でも大きな批判があるなどと報道したりする。これは少し分かっている人にとっては周知の事実、常識であるといっていいようです。

 ここで、再び産経を繰ってみました。
 二面に大きな記事がありました。「GHQ幹部は共産主義者」
英情報局が戦前断定などの見出しで、
写真入りでハーバード・ノーマンを紹介しています。そうした背景を全く知らなかったわけではありませんでしたが、このノーマンという人は全く知りませんでした。
 この面にはもう一つの小さなコラムがあって、曾野綾子が「自衛隊の「本来の責務」」
と題するコラムを書いていらっしゃいます。集団的自衛権が容認されると自衛隊員が死ぬことになるという言説の流布に対するコメントともいえる記事のようです。そしてそれは次のようの記述で終わっていました。
<
かつてフランスからアフリカに宣教に赴いた若い牧師の多くは土地の部族に殺された。
彼らは出発前に「殉教を覚悟して」という書面にサインしていた。そしてその時ほど志願者が多かった時はなかったという。
>

産經新聞6面 子供に伝えたい「日本人の近現代史」

産經新聞6面
子供に伝えたい「日本人の近現代史」68

 
 6面に子供に伝えたい「日本人の近現代史」68というのがありました。見出しは、「分け前」求めソ連が参戦、となっていて、ヤルタ会談の写真があります。68回というのはもう終わりに近いようです。これは単行本になるとの予告がありました。アマゾンで買えるようです。

 そもそも新聞とはNewsのことで、新しいことを聞くことであるはずです。しかし現在の新聞に載っていることは全然新聞ではない。それはほとんど、テレビやパソコンやスマホのネットですでに知っていることです。
 紙の情報媒体である新聞は、日本がどうあるべきなのか、過去の事実をどう捕らえるべきなのかを知らしてくれるものでないといけないと思うのです。
 すでに何度も聞かされていることを知らせてくれなくてもいい。知らなかった事実を知らせて欲しいと思うのです。
 日本の国が酷暑であったことは誰でも知っている。それを一面トップにおくというのはどうかしている。京都新聞は止めて正解と思ったことでした。

 この紙面比較の日から三日後の30日にチャイナの周永孝氏の失脚という大事件がありました。産経は一面トップと7面に極めて詳しい記事を載せていました。そして翌日の31日から「周永康事件の衝撃」という3回連載のコラムが始まりました。
 江沢民という習近平の抵抗勢力の大ボスが、その筆頭子分の周永康の失脚をなぜ容認したのかという疑問について、テレビのコメンテーターたちも語ることはなかったようです。
 でも産経にはそれが書いてありました。周永康氏の奥さんは江沢民の親族であったが、2000年に交通事故で謀殺される。若い女優であった今の奥さんと結婚する為で、やったのは周永康だったと習近平が江沢民に告げ、江沢民は激怒したというのです。
 ゴシップだとしても北京発の署名記事で、ともかく読む気のする記事だったことは確かでした。
 知らないことを知らせてくれる新聞だと思いました。産経にしてよかったと思ったことです。