「正義」と「暴走」ー隠れアジテーターの言葉

 衆院の総選挙がようやく終わりました。この選挙の結果について、ぼくはもう気掛かりで気掛かりで仕方なかったのです。結果によっては、日本の行く末が大きく揺らぐとも思え、各紙が与党大勝という予想を流しても、なお心配だったのです。
 新聞というマスコミをほとんど信用していないぼくとしては、自民単独で2/3などという報道は、バンド・ワゴン効果の裏を狙った報道ではないかと思えたし、野党の劣勢報道は判官贔屓の同情を煽る手管のように思えたりしたのでした。
 それにしても、勝ってよかった。本当のホッとしています。

 解散が決まった時、流れた言葉は「正義」でした。解散の正義、選挙の正義。なんだこれは、ほんとにそう思いました。こんなことを言い出したのは、マスコミにはびこる政治評論家やリベラル派のコメンテーターだった。彼らは、勝てそうもない選挙の結果を予測し、その憤懣を正義がないと表現した。秘密保護法や集団的自衛権に関してあれほど国民に信を問うべきだと言い募っていたことは、どうしたのかと思いました。
 だいたい正義などといういかがわしい使い方も出来る言葉を安易に使うべきではない。戦いの場にはかならず双方に正義があるのです。だから評論家などと自称している先生方は、双方の正義を列記してコメントして初めて評論家と呼べる訳で、そうでなければ隠れアジテーターに過ぎない。
 
 さらには、60億のお金が掛かるという言い草もしきりでした。日本は一般会計だけで100兆の國です。そのうちの60億なり80億がどうしたというのでしょう。国民の判断を知る為の大切な選挙なのです。なにほどのこともない金額というべきです。
 とはいえ、一般の国民は80億と聞いてそんな大金が掛かるのか、もったいない・・・などと思う。
 こういうことをいう人のテレビでの言い草を聞いて、ぼくはあのとんでもない毛沢東を思い出していました。彼は人間の持っている卑劣な感情を利用することに最も優れた人間といわれていて、この手法を存分に使って革命を成功させたことは知られた事実です。

 選挙が済んで「正義」はもう使用済みになったようです。正義がないと繰り返していた識者といわれるような人たちは、その言葉が国民大衆にどんな効果をもたらしたかを考察することもなく、投票率が低かったから野党に不利だったなどと平気でコメントしている。あんた達が盛んに唱えたことによって、投票率が下がったのではないのか。投票率を上げるようなことをなにかいったのですか。ほんとに不愉快の限りです。
 一方選挙後も使用済みになることなく使い続けられているのが「暴走」です。暴走ってなに?

 暴走というのは、規則無視の走行や無謀運転などアウト・オブ・コントロールの状態を、制御できない行動や思考に援用した用法のようです。
 安倍内閣の暴走とか、政府の暴走を許してはならないなどという風に使用されています。
 ぼくにいわすれば、これも勝手な言い草であり、無謀な用法というべきです。安倍さんは全然規則違反などしていません。暴走というなら、どこが暴走なのかを明確にしなければなりません。それをしないで「暴走」とレッテルを貼るのは、間違っているというべきです。
 つまり、意に添わないから「暴走」と決めつけているだけだと思うのです。
 賢明なほとんどの日本人は暴走だとは思わなかった。だから、多くの議席を与えたのです。

 自民の圧勝に終わった総選挙が済んで、隠れアジテーター達は、「選挙を経ても何も変わらなかった」と唱えています。しかしそんなことはない。大きく変わったとぼくは思います。
 野党はもともと問題ではなかった。あの民主党の政権の成立は、国家観・歴史観を持たない政治家どもに政権を委ねたらどんなことが起こってくるのかという危険なシュミレーションだったといえると思います。彼らはもう正体を見られた。だから、もう二度と政権に帰り咲くことなど夢のまた夢と思い知るべきです。明確な国家観・歴史観を持った党規を作り、出直しを計れば話しは別だと思いますが、それは少々無理かも知れない。
 とすると、これはもう共産党と同じ類いになり、政権は取れません。
 共産党は、「この道しかない」のではなく、「この道に先はない」と繰り返していましたが、それはご自身のことではないかと思ったのでした。皇室制度に反対の政党は、ある限度以上には伸びないのです。刺身のつま論の所以です。
 NHKが2009年に行った調査によれば、皇室制度を支持する国民は88%で、反対は8%でした。

 安倍政権は、問題にもならない野党の状況の中でなぜ総選挙に打って出たのか。ターゲットは、どうしようもない野党ではなく自民党の内部にあったのではないか。ぼくはそう思っています。
 自民党は共産党の対極にあるともいえる党で、じつに雑多な政治家が蠢いているようです。戦後の占領期から始まって、いわゆる敗戦利得者だけではなく対朝鮮・対中国などへの援助などの裏で甘い汁を吸ってきた人も多いと思います。中国や韓国・朝鮮に対して、日本がまるで主権がないような行動をとることが多いのがその証拠だという気がしているのです。こうした人たちは、安倍さんに取っては抵抗勢力であり、危険な存在といえます。
 こうしたぼくの考えは、推測によっているだけなのですが、凝視すべきは日韓議員連盟や日中友好議連などというものだという気がしています。なぜ拉致問題がいつまでたっても解決しないのか、慰安婦問題や南京虐殺事件などが放置されてきたのも、自民党内部に問題があったからだという邪推?が成り立ちそうです。

 そうした獅子身中の虫を黙らせる効果を持ったのが、今回の選挙の成果だった。その成果はまことに大きい。ぼくはそう思っているのです。
 ただ大変残念だったのは、「次世代の党」の壊滅ともいえる状態でした。この党は、めずらしく明確な国家観と歴史観を標榜しており、ぼくは支持していました。それを感じることが出来る日本人がいなかったというのは、戦後教育を受けた日本人が植え付けられた宿痾がそれほど強いということを示しており、安倍さんの唱える「戦後体制の脱却」が容易ならざる遠い道であることの証左であるようにも思えるのです。
 しかし、今回の選挙の結果は、いろんな情報操作がほとんど効果なかったということを示したともいえます。もうマスコミは賢明な日本国民から全く信用されていないといっていいのではないか。
 そういうことに気付いた隠れアジテータたちは視聴者にまともに聞いてもらう為には、変身しないといけないことに気付いてくるはずです。その結果、二通りの変化が現れるでしょう。一つは、その立場を明確にして主張する。もう一つはまっとうな評論家に変身してくる。
 やがてはこうした変化が起こって来るのではないかと楽観的に考え、そうでもないと安心して死ねないなどと考えているのです。