イスラム国(ISIL)人質事件に思う

 ISILの人質となっていた後藤さんは、通例とは異なる事態進行によって、一縷の望みを持たされることがあったものの、殺害という悲劇的な結果に終わりました。一縷の希望が見えてきたと思っていた矢先の最悪の結末にショックを受けました。
 ネット上での見解で、最初の動画での後藤さんのまばたきはモールス信号であって、「ミステロ」「タスケルナ」と読めるというのがありました。それがほんとなのか、あるいは深読みし過ぎの見方なのかは判然としません。しかし、そうした見方ができるということは、彼がいかに毅然としていたか、臆することなく従容と死におもむいたかを示しているといえると思うのです。
 首を掻き切られた彼は苦しむことなく逝ったと思います。これはラトックI遠征時に、ベースキャンプに連れて上がった羊を、コックに頼まれて二人で屠った二度の経験から推測できることです。

 この事件は日本中のみならず世界の耳目を奪ったと言えます。あらゆるチャンネルがトップで取り上げ、専門家とされるコメンテーターが意見・見解をを述べていました。先日の朝生でもテーマとなっていましたが、田原さんもわざとやってるのかと思うぐらいピント外れの意見を述べていました。報道ステーションに出た古市くんは、「古市先生どう思われますか?」と尋ねられて、「いま世界は中世に戻ってるんですよ。ネオ中世と言われてます」などと、訳の分からんことを唐突につぶやいていました。
 いろいろある中で、最も大きい疑問が「イスラム国(ISIL)とはなんなのか」というもののようです。
 それでやっぱりぼくも、勉強しないといけないと思い、本を探したわけです。「これ一冊で充分」という本があり、それは池内恵『イスラーム国の衝撃』というものでした。
 早速、アマゾンで取ろうとしたのですが、売り切れとなっていました。今日再度見たら古本が見つかりました。でも一週間近くかかるようです。この稿は、この本を呼んでから書こうと思っていたのですが、そんなに待ってもおれません。独断と偏見で書こうと思った訳です。

 よく聞く言葉にイスラムやムスリムがあります。イスラムだけで使われるよりイスラム教とかイスラム原理主義、イスラム法などという風に使われます。
 ムスリムはイスラム教信者のことです。日本語では回教徒です。
 ムスリム同志の挨拶は、「アッサラーム、アライクン」で、その返しは「ワライクム、アッサラーム」。
 アラームは、平穏とか平和という意味で、だから「平和があなたとともにありますよう」そして返事が「あなたにも平穏が・・・」となります。この挨拶は、民族や言語の違いを越えて同じで、地球上のすべてのムスリムはこの挨拶を交わすのです。
 ニューヨークのイエロー・キャブ(タクシー)にはパキスタン人が多く、「アッサラーム・・・」とやってウルドー語で会話すると、運チャッは大喜びで、「サーブ、お代はいらんよ」となったことが何度もありました。
 挨拶にも平和の祈りがあるからイスラム教は平和の宗教だという人もいますが、それは平和でなかったから平和を唱えないといけなかったという解釈も成り立ちます。

 今日地球上には約16億人のムスリムがいて、これは世界人口の23%にあたります。キリスト教信者はこれより多く32%なのですが、そのうちに逆転するだろうと言われています。歴史的に見て、キリスト教徒のアングロサクソンが世界を牛耳ってきたという事実があります。キリスト教徒が植民地を作ったというのも事実です。
 フランス革命というテロリズムによって近代国家が誕生しました。ロベスペールは演説で「正義のないテロはない」と言っています。この時の革命軍のスローガンは、自由・平等・連帯でした。この連帯は後に変えられて博愛とかになりましたが、これはフランス国の国是です。
 今回のパリの同時テロ事件とそれに続くデモなどで明らかになったことは、彼らの言う自由とは自分に都合のいい自由だけであるということなのだ。ぼくはそう思っています。あのデモが示したものは、アングロサクソンの支配が揺らいできたのではないかという恐れのあらわれのような気がしました。
 ところで、フランス革命の後、周辺のヨーロッパの国々の王たちは、同じことが起こっては困るので、次々と立憲君主国に移行しました。こうして生まれた国民国家は領土の取り合いができないので、海外に進出し、植民地を作ったのです。植民地の原住民は、神の教えによって人間とは見られませんでした。
 牛馬のように扱われるアジアの人々を見て、義憤にかられたのは、大和民族の日本人でしたが、それについて述べるのは本稿の筋ではありません。

 極東の島国で、地球的に見て早い時期から独自文化を育んできた日本は、西より及んできた侵略勢力に対抗するため、急速な西欧文明化を行いました。それを可能にしたのは、世界まれに見る長い平和の時期であった江戸時代の学問文化の高度の進展だったと思われます。
 アングロサクソン文化の深部にまでの侵攻を止めたのは、江戸時代における本居信長や平田篤胤などの国学の大衆への浸透であったとぼくは思っています。
 なにがいいたいかと言えば、どの國であっても、西欧の國を目指して発展する為には自国の変身が必要だということです。
 中東のアラブ諸国でも、同じことがいえるのですが、そのまえに、この地域の歴史的な経緯を述べておきましょう。
 もともとこの地域は、アングロサクソンが侵略してくる19世紀までは、600年も続くオスマン帝国があって、イラクから北アフリカまでの広大な地域を支配していたのです。
 一次大戦を通じて、この地域を奪い取り分割したのは、イギリス、フランス、ロシアでした。
 アラブ人の独立運動を助けてともに戦うイギリス軍将校を描いたのが、あの「アラビアのロレンス」です。その結果といえば、謀略(サイクスピコ協定など)による領土の分割だった。この辺りのことは、つぎのネットのURLで詳述されています。
中東問題の歴史的経緯

 ここに生まれた多くのイスラム教を国教とする政教一致の国々のうち、いくつかの國は政教分離を掲げ、近代化を図ります。イラン、イラク、トルコなどです。こうした政教分離のことを世俗化といいます。
 トルコなどは、日本と相前後して憲法を作ります。だからその当時のアジアで憲法のある國は、日本とトルコだけでした。
 以前、トルコのリゾート・ボドルムに遊んだ時、仲良しになった散髪屋のお兄さんが、「日本は強かったんだねぇ。大国ロシアに勝ったんだから。それは憲法があったからなんだ。トルコにも憲法があった」と話しました。
 ぼくは驚いて、なぜそんなことを知ってるのかと尋ねると、「学校で習ったよ」と答えたのです。
 トルコ人は、人懐っこくて、不思議にパキスタン人と同じだという気がしたものです。
 イランは、パーレビ国王を立てて、西欧化を図りました。ところが、いわゆるホメイニ革命で倒され、ホメイニ原理主義と呼ばれるイスラムへの回帰が行われました。
 サダム・フセインのイラクも完全な世俗化政権で、女性はスカーフも必要ではなく、病院では外科女医が男性手術の執刀をするなどということも普通だったのです。

 この地域で近代化を遂げ、発展しようとすると、潰しにかかるのは決まってアングロサクソンの國でした。潰された後には決まってイスラム原理への回帰が唱えられました。宗派対立も激化しました。この地域のイスラムの国々の指導者には、みんなオスマン帝国の夢みたいなものがあって、アラブ人イスラムの連帯感があります。
 近代化を図り、連帯しようとすると、邪魔が入り潰される。これが繰り返されるとともに、イスラム原理主義への傾斜がどんどん強まってきたといえるかもしれません。

 オサマ・ビン・ラディンというアメリカが育てたともいえるテロリストが組織したのが、アルカイダという組織でした。このテロ組織は世界中でテロ事件を起こします。イラク戦争後のイラクでは「イラクのアルカイダ」として、猛威を振るいました。
 イラクでは、シーア派のマリキ政権とクルド人勢力にたいしてアルカイダが対立抗争していました。その時にいわゆるアラブの春と呼ばれる騒動が生まれます。シリアのアサド政権を倒そうとするいくつもの反政府勢力が生まれ、統治の空白が生じました。ここにイラクのアルカイダが入り込み勢力を拡大しました。そして、「イスラム国(ISIL)」を名乗るようになりました。

 この集団には、サダム・フセイン政権のメンバーや軍人や官僚が含まれていると思われます。彼らの目的はオスマントルコの領土を回復することです。その国はイスラム法に依っています。従って、奴隷制度も認められています。斬首も普通の刑罰です。捕虜の大量殺戮が行われましたが、そのむかしは捕虜は奴隷にされるか殺されるかのいずれかだったから、それに倣ったと言えます。
 ISILには、アングロサクソンの国々で生まれ育ったムスリムが加わっており、彼らアングロサクソンが本来持っている残虐性や狡猾さそして近代的なデジタル技術を持っているという怖さがあります。
 世界のマスコミは、色々な意味でISILを過小に報じようとしていますが、その実力は馬鹿にできないことは、今回の事件で明らかになったのではないかと思います。

 彼らにいわすれば、すべてのイスラムの国々はすべて、欧米に飼いならされており、本当のムスリムではない。自分たち以外はすべて偽物であり敵である、と唱えています。
 日本の国民は、お人好しにも、自分たちは戦争をしない平和国家であるから、誰からも攻撃されることはないし、人質になることもない。そう信じ込んできました。人道支援をしているだけだ。非軍事援助だけだ。そう言って、勝手に安心していたのです。
 しかし、今回の事件で、ISILの最初のメッセージでは、お前たちは非軍事援助をしたと、それを攻撃しているのです。

 なぜ非軍事援助も駄目で、人道支援が問題なのか。その答えは、ISILの領土拡大の経過を見れば、そこに答えがある。国民が反政府運動をやり、政府の統治力や権力が失われてくると、そこにISILが勢力を伸ばしてくるのです。今回も日本を駒にしてヨルダンを不安定を誘う戦略だったと考えられます。
 だから、人道支援をし、飢餓をなくし、インフラを整備して、イラク・シリアの周辺国の政府の統治力を高めることが、いわゆる「イスラム国」を封じ込め、拡大を防ぐ最も効果的な方法だと考えられるのです。
 ここの所が分からずに、安倍さんの積極的平和主義や人道支援に難癖をつけたり、いたずらに刺激する言動をしたことが日本人拘束の理由だなどというのは、ISILに与するとんでもない輩といっていい。それこそテロリストを企みに乗る思考と知るべきです。

 アメリカを始めとする60ヶ国の有志連合の爆撃は、必然的に誤爆を伴い、インフラを破壊し、いたずらにISILへの共感を呼ぶだけのものと言えます。もっとも有効なのは、周辺国への経済的人道的支援とアングロサクソンにはない日本独自の平和思想の教育だと思います。
 イラクもシリアもすでに國の態をなしていません。どちらの國も大きくいって3つの勢力があり入り乱れて戦っています。
 イラクには、政府軍とクルド人軍とISIL軍。シリアでは、アサドの政府軍、自由シリア軍、そしてISIL軍です。
 シリアでは、アサド政権を反体制の自由シリア軍がこれを攻めています。ところが、ISILはアサド軍と敵対して戦っているとはいえ、自由シリア軍とも戦っているので、アサド政府軍はISILの為に製油所は破壊しないそうです。
 イラクでは、クルド人の部隊が最も真剣にISILと戦っています。彼らもまた領土を得て國を作ろうと考えています。そのために彼らはブッシュを抱き込んだとも言えます。となり國のトルコでは、その領土の3分の1をしめるクルド人をかかえ、彼らが独立することはどうしても阻止したい。だからそれと戦うISILには、消えて欲しくないという裏の本音があります。
 さらにはまた、裏で暗躍する死の商人や死の商人国の中国があります。彼らは武器ビジネスで大いに稼いでいます。罪滅ぼしということなのか、あるいはイスラム教の施しの教理に従っているのか、ISILにお金を出している大金持ちも多いといいます。

 こんな複雑に入り組んだ状況で、このISILをそう簡単に殲滅できるとは到底考えられない。出来ることは、この「イスラム国」の領土拡散を囲い込み、拡大を防ぐことが必要だと思います。その為に最も有効なのは、いわゆる積極的平和主義、人道支援です。
 いまの世界、インターネットで情報は自在に飛び交い、國の状況は世界中に知れ渡ります。一番重要なことは、私たち日本国民が冷静さを保ち、浅はかな考えで、政府を批判せず、連帯感を維持していることだと思うのです。