花粉症の人と平気な人

 花粉症のシーズンもようやく終わったようです。
 杉の木を植え過ぎたからだという意見もあるのですが、これはこの問題の本質ではない。問題はそういうアレルギー体質が問題なのです。
 アレルギーには色々あって、たとえば食品アレルギーはじつに多岐に渉っています。また犬アレルギーや猫アレルギーあるいはダニアレルギーもあります。花粉症というのはその一つに過ぎません。
 花粉症というのは花粉アレルギーをもっている花粉アレルギー体質の人に起こる症状ということです。
 

ビックリするほど多いアレルギーの原因物質

ビックリするほど多いアレルギーの原因物質

 最近、NHKスペシャルの「新アレルギー治療〜鍵を握る免疫細胞〜」を見ました。
 アレルギー体質の人がどんどん増えている。花粉症、動物アレルギー、食物アレルギー。食物アレルギーは世界中で増えている。その数は数百から数千ともいわれている。
 これは世界中の問題で、こうしたアレルギーが急速に増えたのは1960年代からであり、我が国では三人に一人がアレルギーだというのです。
 この番組では、アレルギーを引き起こすのは自分が持つ免疫細胞が過度に防御機能を働かすのが原因で、その過度さをコントロールするTレグ(制御性T細胞)とよばれるものの発見と、アレルギー治療と新薬について語っていました。

 このTレグと呼ばれる細胞が発見された経緯にぼくは興味を持ちました。番組では、アレルギー治療の鍵になるかも知れないこの細胞は、アメリカのオハイオ州のアーミッシュについての調査からだったといいます。アーミッシュにはアレルギー症が一切ないということが分かり、遺伝子の調査が行われたのです。そして遺伝的なものではなく、彼ら血中に特に多く存在するある細胞に気付いたといいます。そしてそれはTレグと名付けられました。
 アーミッシュといっても知らない人が多いかもしれません。ドラマなどにも時々登場し、あのX−ファイルなどにもアーミッシュの村が舞台となるものがありました。

アーミッシュは車は使わない。

アーミッシュは車は使わない。

 アーミッシュというのは、ドイツから移民したアメリカ人なのですが、近代文明を一切拒否するという宗教的な信条をもって暮らしています。電気も通信機器も使わず、農業と牧畜で自給自足の生活をしています。20万人がいるとされています。
 ぼくはもう10年も前にピッツバーグに行ったとき、近くにアーミッシュの村があるというので、見物に出かけたことがありました。おそらく極めて閉鎖的な彼らですから、家に入ることは出来なかったでしょうし、頼みもしませんでしたが、道路を走りながら遠目で見た、牧場で遊ぶ少年や少女の光景は牧歌的風景そのものでした。
 村に入る辻のパス停そばの食堂のベランダで、アーミッシュのおじさんと少しだけ話をして、なんだか子供の頃の村人と話しているような感覚を覚えたものでした。

 彼らにはアレルギーはほとんどないし、テレビもありませんからアレルギーという言葉さえ知らないようです。アトピー性皮膚炎も全くといっていいほどありません。
 その原因はなんなのか。最初は近親結婚も少なくないアーミッシュの遺伝的要素が考えられたのですが、それはないことが分かりました。そして、子どもの時から家畜とふれあう生活習慣が注目された訳です。
 これに関しては、ぼく自身、もう10年以上も前だったと思うのですが、イギリスの調査報告を読んだことがありました。その調査は、イギリスの幼稚園児を対象にしたもので、牧場の子どもにはアトピー性皮膚炎がない。牧場の子ども以外の子どもでも家畜のいる家の子にアトピーはないというものでした。そして、この調査は、原因物質を家畜の糞にあるとしていました。家畜の糞が乾燥して塵となって子どもに吸い込まれることによって、免疫物質が出来るのではないか。そう結論づけていたように思います。

 ぼくは家の中に牛小屋のある家で育ちました。牛は百姓にとって宝物みたいで祖父母はそれはそれは牛を大事にしていました。針が一本でも行方不明になると、牛が食べるかも知れないといつも大騒ぎになったのを記憶しています。
 当然のことながら、ぼくには花粉症もアレルギーもありません。
 山上の村から麓に下り、田圃の中の地道を走るバスにしばらくゆられると、国鉄の駅のある町につきます。町中の道路では、子どもが数人、路上の馬糞を拾っていました。この町には教化院とかいう学校があり、そこの生徒が奉仕活動をしているということでした。父親から「悪いことをしたら入れる」といわれ、かなり怯えていた記憶があります。つまり、路上には馬糞、牛糞がころろがっている時代環境だったということです。
 家畜のいない家に育った子どもでも免疫が獲得できた訳です。
 ぼくと同年輩の友人には花粉症はいません。よく考えると一人だけいました。彼は京都のど真ん中の中京区で育っています。田舎に学童疎開をしたと聞きましたが、小学生ではもう効果はなかったのでしょう。

アレルギーの発症率の年代推移(ヨーロッパのデータ)

アレルギーの発症率の年代推移(ヨーロッパのデータ)

 この番組では触れられなかったことがあります。アレルギーは1960年代から爆発的に増えたことがグラフで示されてはいました。しかしその理由についてはなんのコメントもありませんでした。
 ぼくが思うにそれは車社会の到来によって、馬車がなくなったことだと思います。
 1965年、ぼくがカラコルム登山でパキスタンに行った時、ラワルピンディーのミセスデイビス・ホテルのそばには、大きな馬車の溜まりがありました。いつも2・30台の馬車が客待ちをしていました。一番大きなバザールである名前通りのラジャ・パザールに出かける時にはいつもこの馬車を使ったものでした。
 もちろんタクシーもありましたが、馬車の方が気持ちもいいし、人間も荷物も沢山積めました。街は車と馬車とラクダ車が混然としていました。
 1969年に行った時もこの状態は変わりませんでした。しかし、75年にはあの馬車溜めはなくなっていました。替わりに軽自動車のパスがお客を集めていたのです。街の路上の馬糞はなくなっていました。

 NHKスペシャルでは、問題を治療と新薬の開発にしぼっていたようですが、そんなことよりアレルギーのない子どもにすることが遥かに重要です。きょうびのお母さんはやたら清潔好きで、子どもの泥遊びなどをさせようとしない。どろんこになって、その泥をしゃぶったとしても、それは免疫を作ることになるのです。常に滅菌された環境に育ち、いつも消毒綿で手を拭っていたような子どもは、簡単に大腸菌で死ぬようなことになるのだと思うのです。
 お母さんたちは、まず3歳児までくらいに子どもを家畜のいるような環境に連れて行くことを心がけるべきではないだろうか。そんな風に思うのです。