別のサイト<高田直樹ドットコムへようこそ>の来歴など

 <高田直樹ドットコムへようこそ>というのは、この<葉巻のけむり>のまえから作っていたサイトで、それはずいぶん前の話だった。これについては、この<葉巻のけむり>で最初リンクが張ってあり、そこでは次のように紹介してありました。

<高田直樹ウェブサイトへようこそ!>は、大変古くからあるサイトです。
最初は、まだ「ウェブ」とか「ブロク」などという用語も概念も全然なかったといっていい頃、「ホームページ」として造ったものでした。
サーバーを最初はぼくのソフトウェア会社のマシンに置いていたのですが、会社を止める頃、香港に無料のサーバーを見つけ、そこに移しました。
ところが、しばらくしてそのサーバーが突然閉じてしまいました。そのままそのホームページは消えた状態になっていました。数年してから、多分2000年頃だったと思いますが、これをウェブサイトとして作り替えることにしました。
使ったソフトは、Serine Bach(シリーンバッチ)という日本人が開発したもので、個人の使用に関しては無償で使えてなかなか良く出来た仕様のものでした。
ぼくはここに、これまでに書いた作品を載せることにしました。そうすることによって、ぼくの作品をデジタルアーカイブとして保存することが出来ると考えた訳です。

 サーバーは、Serine Bachを薦めてくれた友人の会社のサーバーに置いてもらうことにしました。そんな訳で、このサイトには、ぼくの作品のアーカイブを意図したものや動画などを収録する一方、旅行記なども載せて行ったのです。
 動画を載せるなどといっても、たとえば1969年のパキスタン遠征を撮った16mm映画や、ぼくが主演している文部省製作の『岩登り技術上・下』などは、まずデジタル化してDVDに載せます。でもこれは簡単ではなく、専門家に依頼しました。
 こうしてできた動画をYouTubeにアップして、それにリンクを張ったわけです。
 1965年の映画『ハラハリ』などは、当時は公開映画以外は8mmでしたから、松竹に撮影機材とフィルムの提供を受けて作った素人映画は絵としても珍しいものといえるでしょう。
 
 2011年3月11日、いわゆる3.11の大災害が起こりました。なぜかこの時をきっかけに、日本の国をしっかりしないといけないという気持ちが沸き起こり、なにか発言しなければいかんと思ったのです。そして新しいブログを立ち上げようと考えたのです。しかし、そのブログの名前はどうしたらいいのかな。なかなかこれといったものが思い浮かばないまま、どんどん時がたち困っていたのです。
 たまたま拙宅に山の教え子でラトックにも連れて行ったタツ君が訪れました。キャッチコピーなどが専門の彼は、ややあって「葉巻のけむりはどうでしょう」といったのです。一瞬、あの有名な「パイプの煙」のパクリではないかと思ったのですが、昔のことではないかと思い、それに決めたのでした。
 それはだから、2011年の9月のことでした。ここに<葉巻のけむり>がスタートしたわけです。

 そんなわけで、新しい記事はほとんどすべて、<葉巻のけむり>に載せることになったのですが、資料的なもので、たとえば、日本帝国憲法の口語訳とか福沢諭吉の『嫌韓論』の口語訳など、ぼくが結構苦労して作ったものは資料集などとして、前のサイトの載せることにしたのです。こうしたものに限らず、すべての記事はリンクを張ることで簡単に参照できるわけです。
 ところが、この新しいサイトを立ち上げる少し前に、<高田直樹ドットコムへようこそ>のサイトのドメインであるtakadanaoki.jpを乗っ取られる事件が起こりました。ぼくが少しぼんやりしている隙に誰かが横取りしてしまったのです。
 
 少々説明しましょう。
 ドメインというのは、重複を避けるために世界で一つしかないように設定された識別認証で普通IPアドレスと一緒に登録されています。これを管理しているのは、各国のプロバイダーと呼ばれる業者で、ユーザーは使用の権利を年毎にお金を払って使用しているわけです。
 更新を忘れていると、アクセスの多いそのドメインをすかさず買取る人がいて、そうなると使用できなくなってしまいます。そのドメインにアクセスすると、関係のない記事たとえば商品の宣伝などが出るようになる。とられた(盗まれた?)ドメインが使えなくなり、以前からそこにアクセスしていた人が奪われたことになる。
 そこで、そのドメインを買い戻しませんかと高値をつけるわけです。そういうビジネスをやっている人がいるのです。

 買い戻すなどばかばかしいので、新しいドメインを設定して切り抜けることにしたのでした。その間さまざまの紆余曲折があったのですが、いまでははっきりと、二つのドメインが確定して安定し、ぼくも以前の失敗を繰り返さないよう注意しています。
 よくオンライン上の古い記事で、ぼくのサイトに繋がらなくなっていることがあるのは、そのリンク先がtakadanaoki.jpとなっているからなので、jpをcomにつまりtakadanaoki.comに直すとつながるようになります。
 現在では、<高田直樹ドットコムへようこそ>はtakadanaoki.com、そして<葉巻のけむり>はtakatanaoki.comです。
 <高田直樹ドットコムへようこそ>はtakadanaoki.com
 <葉巻のけむり>はtakatanaoki.com
 <da>と<ta>の違いだけですからご注意ください。

 最近、<高田直樹ドットコムへようこそ>を置いていた友人のサーバーが壊れました。友人は少し商売換えをしていているので、修復が手間取っていました。最近ようやく回復してくれたようでリンクが回復したようです。
 ただ結構苦労して作ったといえる資料集のディレクトリーだけが未回復で、少々残念ではあるのですが、もっと大変な『いやいやまあまあ』などは無事だったので、よかったと思っています。
 これは、京都新聞の連載記事をスミさんのお母様がスクラップしていてくださったのを彼が持ってきてくれて、それをスキャンしてデジタル化したものです。たしか3日で1話となっているので、だから山本容子さんの挿絵が1話に3つづつ載っています。山本容子さんはこの挿絵でエイボン賞をとり、それがデビューのきっかけとなったのですから、貴重だといえるでしょう。彼女からは、前もって掲載の許可を得てありました。
ところで、この『いやいやまあまあ』アマゾンの古本でみたら、安いので8千円、高いのでは4万円超とは、まったくたまげました。

 今回のこのトラブルを期に、二つのサイトを別に置くのかひとつの場所にまとめるのかを、友人と相談して決めようと思っているところです。
<高田直樹ウェブサイトへようこそ!>には、全記事を<旅行記><映画><高田直樹作品集><身辺雑記><資料>などに分類して記事索引が作ってあります。