縄文あれこれ 三内丸山の丸柱

 先の稿でも書いたように、三内丸山遺跡の発掘は多くの点において、縄文文化に対する認識の変更を迫るものだったと言えます。そして、世界の古代史において、縄文文明と呼んでも良いものであると思わせるものでした。
 地面に径2mの穴が6つ掘られていて、そこには径1mの栗の丸柱が立っていたことは、大きな驚きでした。
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