コロナ禍の半年(2)


 Windowsマシンの7から10への切り替えがようやく終わった頃、末娘の長男(外孫)から連絡があった。
 高校入試が終わったので、パソコンを組んで欲しいというのである。そういう約束になっていた。3年前、内孫が大学に入学した折に、ぼくがお祝いにWindowsマシンを組んでやったのを知って自分にもと、約束を取り付けていたという。そういえば、ゲーム専用のものを作ってやると言ったかも知れなかった。ゲーム用の高速マシンとなると安くはない。うまい具合にお金は叔母さんが出してくれるという。助かったと思った。

翌日の午後、つれもって京都駅近くのヨドバシカメラに出かけた。昔と違ってあらゆる情報が溢れる今日、孫の唯世はなんの経験もないままに、スマホでパソコン組み立てパーツをほとんど調べ上げていた。それはぼくがネットで調べて、考えていたものとほとんど変わらなかった。ただメモリーは少し増やした。
 3年しか経っていないのに、組み立てパーツの状況は大きく変わっていて、驚いた。WindowsのシステムもDVDではなく、USBに入っている。パソコン筐体にも、DVD用のスペースはない。USBで外付けにしろということらしい。ともかく順調に部品は揃った。
京都にもコロナ感染者は出ていたが、二人ともマスクをすることなく、普通の感じで買い物を終えて、帰路についた。電車では彼はぼくの横には座らず、ドアのそばに立つ位置をとった。その場所が安全だと考えたようだった。
 夕食ののち、組み立てにかかった。ぼくは手を下さず、そばで見ているだけにした。今のパソコン自作は、ほとんどプラモデルの組み立てと変わらない感じで、プラモデル組み立てが趣味の彼は、なんの苦もなくどんどん組んで行く。
ぼくは今まで10台以上の自作を行なってきたのだが、この組み立て作業を見ながら、時代の流れを感じていた。

 次の日の夜、やってきた孫は2時間もかからずに、組み立ては完成した。
 この辺でぼくの出番である。
通電する。しかし、ディスプレーの液晶画面には、しかるべき画面が表示されない。何らかの組み立てミスがあるはずだ。
「こんなことはようあるんや。そんな時にはやり直しをする。みんなばらして、もう一回組んでみろや」
 言われるままに、彼は分解し、再び組み立てを始めた。二回目なので、前よりもっと作業はスムーズに進んだ。夜半過ぎに、完了したのだが、結果は依然として変わらなかった。
 「おかしいなぁ。電気を入れたら、BIOS画面が出んといかんのや」
 バイオスというのはBasicInputOutputSystemのことで、あらゆるパソコンマザーボードには、貨幣のようなシリコン電池が入っていて、それによって、通電とともにパソコンメモリが起動し、ハードウェアを制御するメニューが表示されるはずなのだ。
 「調べといたるから」と言って、孫を帰した。もう夜半を過ぎていた。

 起き出してすぐ、と言ってもお昼前なのだが、ヨドバシカメラに電話した。
どうやら、マザーボードが初期不良のようなんです。いやいろいろやってみましたが、それ以外に考えられません。
同じ部品は在庫がありませんが、大阪の店には一つだけあります。すぐに取り寄せてもらうように依頼した。翌日昼すぎにマザーボードが入りましたと連絡があり、受け取ったボードを持って、孫がやってきた。
 作業は順調に進み、USBに入ったWindows10も問題なくインストールできた。やれやれようやく終わった。
 そう思った時、「ファンが回ってない」と孫がいった。
 このマシンには、水冷式の大きなCPUーラーを付けることにしたので、まるで自動車の水冷エンジンのように大きなファンが回っている。ファンはこれだけではなく、筐体には3箇所にファンが付いているのだが、それが回っていないのである。孫を帰してから、いろいろなことをやってもこのファンは動こうとしなかった。
 明け方近くになって、再度マザーボードのマニュアルを細かく読んでみて、ようやくある推察にたどり着いた。このファンは筐体内部が高温になって初めて、作動するということらしい。巨大な水冷クーラーを備えているこのマシンでは、3つの筐体ファンは動くことはないだろと思いつつ眠りについた。もう夜は明けていた。(つづく)

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