先だって、YouTubeのDHCシアターにあった<青山繁晴×百田尚樹が語る『終戦の日と日本人』>があまりに素晴らしいと思ったので、思わずFaceBookに共有の手続きをしたのです。するとこれを見たfacebookでお友達の教え子の一人がこんなコメントを書いてきました。
「納得する部分も少なからずあります。しかしいいとこ取りで美化しようとしているように感じます」
しかし、ぼくはこの動画を見て全く知らなかった事実(青山氏が語った彼自身が見たこと聞いたこと)を初めて知り、びっくりしたし感動的な話だと思ったのです。美化しようとしているなどとは全然思いませんでした。
美しい感動的な話を聞いて、それを美化しているとかいいとこ取りなどと考えるのは、素直でないし、誤った客観主義だと思ったのです。
次の日本の現代史を記述した文を少々長いのですが我慢して読んでみてください。
あの戦争は、満州事変(1931年)日中戦争(1937年)以来の日本の帝国主義による「侵略戦争」であった。そして日中戦争を打開しえぬままに、石油などの資源を確保するためにインドシナに進駐して、米英諸国との対立を際立たせ、やがて追い詰められた果てに米国との開戦に突っ込んでいった。
それは昭和10年代の日本の指導者層の無能の結果であり、軍部の権力と暴走を、天皇も含めて誰も止められなかったからである。戦力においても、資源や工業力においても、米国を相手に全面戦争をするなどということは無謀そのものであった。しかし政治家や軍人は、その無謀な戦争へと国民を巻き込み、その結果、塗炭の苦しみを自国民およびアジア諸国民に与えたのである。ーーーかくして、東京裁判において、日本の戦争指導者は、その罪(「平和」に対する罪、「人道」に対する罪など)を問われ、日本が遂行した戦争は、「誤った戦争であった」ことが明らかにされた。そして日本国民は、かつての軍国主義、全体主義から解放され、自由と民主主義を尊重し、何よりも平和を愛する国民として、戦後の経済復興を果たし、安全な国土を目標として立ちあがった。軍隊は保持せず、戦争は国際紛争を解決する手段としては、これを永久に放棄することを誓った憲法を大切にして・・・。
いかがでしたでしょうか。皆さんのほとんどは、これを何の違和感も持たずに読んだのではないでしょうか。それはぼくたちが、そういう風に教え込まれたからにすぎません。
学校教育だけではなく、NHKや朝日新聞などのマスコミによる報道の枠を超えたと言えるプロバガンダ情報の流布は、戦後70年にわたってずっと続けられてきたのです。
占領軍によって解放された<引かれもの学者集団>は、強力な亡国の思想を秘めたまま強固なヒエラルキーをもつ集団を形成し、日本国のあらゆる分野に浸透して行ったのです。彼らは継続して、上に書いたような歴史観の構築に関わり、歴史の捏造とも言える作業を継続してきたのです。
ぼく自身、昔はそのまんまを信じていたし、人にもそう喋っていたと言っていいでしょう。しかし今は違います。この記述には間違いというか正確でないことで埋められていて、大いに違和感を覚えてしまいます。
ぼくに言わすれば、これは東京裁判史観によった歴史で自虐史観そのものと言える。そう感じてしまいます。
多くの人と違って、ぼくはかなり戦後の教育の洗脳から抜け出してきたのではないかと思っているのです。
この記述には日本国に寄り添った共感がない。その時代の人たちに対する洞察もない。そういう意味ではこれは日本人がみた現代史ではなく、どこかよその国の人が見た歴史といえる。そんな気がするのです。
どこの国にもその国の歴史があり歴史書としての国史があります。そこにはふつういいとこ取りの史実が書かれ、歪曲捏造は平気で行われているのは中国に限らずアメリカにおいてもまた然りです。
そういう意味では、日本には国史がありません。GHQが焚書したからでしょう。
ぼくの<葉巻のけむり>を読んだ教え子で、二十歳代頃のぼくに接した人から、「昔はそんなことは言ってなかった」というのを聞いたことがあります。
ぼくが大学を出たのは60年安保の年でしたが、もともと群れるのが嫌いというか嫌悪感さえ持つぼくは、デモなどは嫌いでした。そんなことより一人必殺のテロ的な心情を持っていたのかもしれません。
勤めた高校は、思想の拡散を防ぐための人事戦略として、日教組の活動家が集められたところで、周りには党員や活動家がたくさんいました。そういう人たちから洗脳とも言える情報を流し込まれたけれど、染ることはなかったし、常に半身の構えで、若さがないと非難されていました。だいたい、ぼくの頭の中は山、山と山登りでいっぱいだったと言えます。
そんなぼくが、大きく変わったのは、停年より6年早い退職後であり、時間の余裕ができて、次々と湧いてくる疑問の追求ができるようになってからでした。そして、決定的なきっかけは、東北大震災だったと思います。
すでに、出版社・岩波の本には違和感を持つことが多かったし、本を読むよりネットの情報を見る方が新鮮な知識が得られることに興味を持つようになっていました。いわゆる定番といわれるような本には何か胡散臭さを感じることが多かったのです。
1990年頃から始まったインターネットの普及は、情報の拡散を可能にしました。またテキストの指定した語句から別のテキストへリンクを可能にするホットテキストと呼ばれる技術は、注釈への任意のジャンプを可能にし、伝達の重層化を容易にしたのです。
2000年頃からソーシャルネットワークが普及を始め、後半になるとYoutube,mixi,Facebook,Twitter等が流行し始めます。
光回線の普及とともにYouTubeの動画が軽く動くようになり、スマートフォンの普及はfacebookやTwitterは爆発的な拡大をもたらしたと言えます。
こうしたコミュニケーションの普及は、マスコミの支配力を弱めることになりました。
ぼく自身の感覚から言えば、新聞やテレビの情報には興味を覚えるものがありません。一方YouTubeには、まことに新鮮な情報があふれています。テレビでは唯一CSのDHCシアターが面白い。
そんなわけで、昨今ぼくは、もっぱらYouTubeの動画を楽しむことにしているわけです。
そんなわけで、冒頭に紹介した<青山繁晴×百田尚樹が語る『終戦の日と日本人』>をみてfacebookの共有をしたのです。
青山繁春X百田尚樹対談・前篇 青山繁春X百田尚樹対談・後篇
もうひとつとんでもなく刺激的で面白かったのは、これもDHCシアターなのですが、武田邦彦氏の「ナポレオンと東条英機」というものです。その内容は簡単にようやくできるのですが、ネタバレになるのでやめにしておきます。芯の部分だけの抜き出し編集したものをアップしたものにリンクを張っておきます。ぜひご覧になってください。
1時間を超える長尺のものですので、時間があるときに見てください。
武田邦彦「ナポレオンと東條英機」前編
武田邦彦「ナポレオンと東條英機」後編
最近は以前と違って、YouTubeへのアップロードがたやすくできるようになったからか、同じような動画があふれています。とくに、嫌韓、嫌中ものはすごい数で、いささか食傷気味になる。韓国中国をみそくそにけなしても得られることは少ないばかりか、自分を同列に貶める所業だと感じます。それより、戦後知らされることのなかった事実をしっかりと学び、世界最古で独特の日本の国を知ることが肝要だと思うのです。
YouTubeの番組には、こうしい意味において、本当の素敵なものがたくさんあります。そこにはこれまで日本の学者が言わなかったあるいは隠したかった史実や、いわれてきた通説とされる歴史の新解釈がちりばめられていて、それはいたくぼくの好奇心を刺激するからなのだと思うのです。
思いつくままに二つ三つをあげてみます。付記したURLをコピペーで貼り付けると見ることができます。
◉倉山満氏の「じっくり学ぼう!日本近現代史」 https://www.youtube.com/watch?v=87T5ed7-Oao&list=PLFbWYIfMWRXa3RgF8fRmrzaZvwLkQ4XMe
◉小名木善行氏の「ねずさんとふたりごと」全24話 https://www.youtube.com/watch?v=dozWTi0B7js&index=1&list=PLgWDZ7Z_8LQaqn_zx-JjaP8XsukOYmm4w
◉宮脇淳子「世界史はモンゴル帝国から始まった」
いずれも時間のあるときに、じっくり見ていただきたいと思います。