今年のこの11月は、あの歴史的な最初のアジアサミットである大東亜会議が行われての70周年にあたる。
この会議は、1943年(昭和18年)11月5日 – 11月6日に東京で行われた首脳会議であって、当時の日本(大日本帝国)の同盟国や、日本が旧宗主国を放逐したことにより独立を果たしたアジア諸国の国政最高責任者を招請して行われた。会場は当然のことながら国会議事堂だった。
この会議は、あのミズーリー艦上でのボツダム宣言の降伏文書に署名した重光葵外相の発案で行われたもので、有色人種のみによる最初の国際会議でもあった。
この会議における「大東亜宣言」の発表で、慌てたルーズベルトがあの有名な「カイロ宣言」を考えたことについては、すでにこのサイトの<「カイロ宣言」について>で述べた通りです。
今月の11月6日には議事堂そばの憲政記念館で、70周年記念シンポジウムがチャンドラ・ボースの遺族を招いて開催されるようであるし、同じような催しが各地で行われると思われる。ただ、日本のマスコミは例によって見事なパッシングを行うのではないかと思っている。70年前は大きな盛り上がりを見せたようで、それは議事堂前のこの写真からも窺い知ることができる。
さてこの座談会の出席者を見ると、外国のアジア人ばかり7人だった。少々興味を覚えたので見ることにした。
出席者は次の通りである。
◉アウ・ミン・ユン(「ベトナム革新党」日本支部長)
◉イリハム・マハムティ(世界ウイグル会議 東アジア地区副総裁・日本ウイグル協会代表)
◉オルホノド・ダイチン(「モンゴル自由連盟党」代表)
◉黄文雄(作家・評論家)
◉石平(評論家)
◉ペマ・ギャルポ(桐蔭横浜大学大学院教授・チベット文化研究所名誉所長)
◉鳴霞(月刊「中国」編集長)
この座談会3部に分かれていて、全部で3時間近くあるのだが、出席者の発言の要旨をダイジェストしてここに書くつもりだ。
最初に話題となったのは、当然のことながら、天安門の車両突入炎上事件だった。
7人の一致した見解は中国共産党の自作自演ということだった。
彼は、ヨーロッパの思想・哲学をつぶさに調べ、日本の西田哲学に始まるいろいろな思想を研究した結果、中国にはたいした思想はないと結論づけたという。諸子百家にしても孔子・孟子などは思想としてはレベルが低いと斬って捨てている。 鳴霞さんは、間もなく始まる三中全会にポイントがあるとする。三中全会とは、中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議のことで、11月9−12日に開かれることになっている。習近平は、この会議までに反対派を押さえる必要があった。その為にはウイグル独立運動を標的に据える状況を作ることが求められたという見解を述べた。 石平さんが、「自作自演にきまってますよ」といったあたりから、座談会は一気に盛り上がりを見せてきた。「北京からウルムチまでは飛行機で4時間かかるんですよ。どうやって、あんな上等なSUVが素人の運転で北京まで来れたんですか」
たしかにウルムチは遠い。ぼくも何度か上海からウルムチに飛んだが、遠いなあと感じた。あの國の中での時差はないことになっているが、北京とは実際には数時間の時差がある。
理解の一助と思い、ネットで地図を探して地名を入れ、自前の地図を作ってみた。
この地図で灰色の部分は砂漠で、左がタクラマカン砂漠、右がゴビ砂漠である。ウルムチー北京がどれほど遠いかお分かりでしょう。
チャイナは往来自由の國ではないし、陸路で最低一週間はかかるという4000キロの道中に一体何カ所の検問所があることやら。
燃えたはずの車内からジハードを示す旗が見つかったとか、燃えない旗だったのか。ウルムチの車だとしたら、とんでもなく荒唐無稽な話しなのである。
ウイグル人が、たとえどんな状況になろうと、自分の母親を道連れに死ぬなどということは絶対考えられない。明らかなでっち上げです。話しのつじつまの合わないことだらけで、自分で自分の嘘を証明するような発表を行っています。
これをきっかけにウイグル人弾圧が加速するかも知れないが、一方世界の人々にウイグル人のおかれている状況を知ってもらう機会ができたことはいいことだと思っています。
それにしても、チベットでもモンゴルでも、過去に同じような自作自演が疑われるような事件が発生したは、皆さんがおっしゃっている通り、大弾圧が始まる直前だということですから、それが大変気がかりです。 日本はかつてアジアの指導者を育てた。これからの時代の中国のリーダーになる人を日本が育てる必要がある。
戦後のアジアの条約について調べて分かったことがある。
日本、中国、インドの三国について調べてはっきり分かったことは、中国だけが他と違っているということです。
中国は、最初から時間稼ぎと相手を騙すために作っていることが大きな特徴です。そういう国と対抗する時に日本の「和の精神」はマイナスの働きをする。日本人は条約や談話を自分を縛るものと考えるが、中国人は真逆で相手を縛るものと考える。日本はこのことを充分に認識する必要があると思う。
ペマ・ギャルポさんが、チベットが植民地された理由として、国家意識の欠如を挙げた。「チベットの人たちは、中国政府に植民地化されて初めて国家意識に目覚めた。それまでは、世界の平和を祈り続けてそれで自国の平和も得られると考えていた」という。
このことは、チベット仏教のみならず東トルキスタンのイスラム教においても同じことだったと、イリハム・マはティ氏もいう。チベット・トルキスタンとも、自国の国民意識より神を信じて祈る生活をしていることが世界の平和を守ると考えていたことだと述べた。
この話しをうけて、ずっと口数の少なかったモンゴルのオルホノド・ダイチンが語りだした。
「モンゴル国は今もあります。問題を考えるのにはこの南モンゴルを考えるのが分かり易いです。中国は何年もかけてモンゴル国の半分を自分のものにしたということですね。今、アジアの民族にいちばん被害を与えているのは中国。世界から見るとそこにはチベットもモンゴルもウイグルも含まれているけれど、我々から見るとそれは中国でも何でもない。
アジアの国々が平和に生きるためにどうすればよいか。まず中国を見る時に、それを國としてみること自体間違っています。この周りの國を侵略している國が国連の常任委員になっているということは大変おかしいことです。
だから、我々がすべき最初のことは、中国が周囲の國を侵略しているということをまず認めることです。
この國が崩壊しない限り我々は自由を得られないということです。
モンゴルの諺に「人がいくら賢くても教えなければ分からない。紙がいくら薄くても刺さないと破れない」というのがあります。中国に関しても同じでいくら待っても崩壊しない。だから日本は先頭に立ってやり残してることをやるべきではないか」
中国は壊れないと考える彼に対して、石平さんはそれは時間の問題と考えます。
「中国がアメリカに肩を並べるようなことはない。いま中国のインターネット・ウェイボの監視員は200万といわれています。これはアメリカからいえば笑い話。アメリカは外国を監視するのにお金を使っているのに対して、中国は自国民を監視するのに必死なんです。そんな國が長続きする訳ないんです」
「戦前の大アジア主義は今には当てはまらない。中国をアジアの國としてはいけません。中国を省いて、その上で、アジアの國は団結して中国と対峙する必要がある。
中国が中華思想に基づく帝国主義を捨てない限り中国は我々の敵である。哲学も文化もないあの國は必ず滅びることは間違いないが、その前に暴走する危険がある。
私たちのやるべきことは、時間はかかるけれど、中国の膨張と暴走を防いでその崩壊を待つということです。その際、日本に飛んでくる火の粉を被らないように対策することが大切だと思います」
この石平氏の考えは、まるでいまの日本人の考えそのままのように感じました。彼は帰化した人ですからそれも当然かもしれません。
一方、中国に侵略され植民地化された國の人たちの考えは少々の衝撃をぼくに与えました。
自分たちには国民国家意識がなかった。世界の平和を信じ祈っておれば大丈夫だと考えていたのが間違いだった。
考えてみれば、隣の國と仲良くして世界の平和を信じていることが、自分の安泰と世界の平和につながるのだ。これは、日本国民の大多数の考えではないのだろうか。それでいいのだろうか。大丈夫なのだろうか。そんな気がしてきたのです。