皇統の本質はY染色体である

皇太子殿下2ショット このごろ、ニュースでは、ぼく自身にとっては、なんだかヒリヒリするような感じのニュースが相次いでいる。皇太子殿下と妃殿下のオランダ訪問。安倍首相のロシア訪問での領土面積論など。殿下・妃殿下に関しては、巷を騒がせた「退位論」や「離婚のすすめ」が想起されて気持ちが悪くなる。どういう発想でそんな考えが出てくるのか分からない。
 日本の皇室の独自性への理解がないのだろう。戦前の幼稚園児が大人になったら何になりたいかと問われて、天皇陛下と答えたそうだが、それと同列程度の発想と思えた。
 オランダの王室は200年の伝統だという。我が日本国の皇室はその10倍以上の永さを誇る。単に永さだけではない。その2000年以上という永さも世界に例を見ないのだが、さらに重要なのは男系男子の皇統の維持ということなのである。
 この日本の皇室の伝統を、その意味も分からずに単純に「女性天皇」や「女系天皇」を主張する無知蒙昧の人たちがいる。
 男系男子の皇統の意味は、単純化すれば「Y染色体」の連続ということである。ご存知のように男はXY型、女はXX型の性染色体を持っている。従って男系男子の祖先の血は、単純明快に遡ることができ、神武天皇(天照大神)まで遡ることができる訳だ。今上天皇には神武天皇のDNAが持ち込まれているといえる。こんな例は世界に二つとない。

殿下・妃殿下 たしかに歴史上、女性天皇は存在した。しかしそれはあくまでも一時しのぎであって、次の天皇はY染色体を引き継いだ天皇が即位した。もし女系天皇が、ここでは女性天皇と女系天皇との違いは説明しないが、2代も続けば、もうY染色体の連続は絶え、天皇家の皇統は消滅することになる。
 したがって、男子が生まれないから女性にしようなどという無茶な話は止めにして、いかにY染色体を引き継ぐような仕組みを作るかを考えるべきなのだ。その方法は、GHQによって廃止された旧宮家の復旧以外にはあり得ないことは明らかだと思える。
 ところが、世の中こうした伝統なるものを、意識してあるいは無意識に破壊したいと考える人たちがいるようなのだ。一つはかなり明確に意識して皇室を滅ぼしたいと思っている人たち。もうひとつは、そんなもんどうでもいいと考える人たち、そんな人は、例えば今回の皇太子殿下・妃殿下のオランダ訪問の費用が2000万円などという悪意の報道を読んで、とんだ税金の無駄遣い、天皇制を止めたらいいと思う、例えばホリエモンのような人たち。
 一番問題なのは、識者・学者といわれる人たちの発言だ。今回の宗教学者の退位論などがその例である。先きごろの諮問委員会メンバーで、女性宮家の創設に賛成を唱えたような人たちも同列と思えるし、こうした人が決まって護憲論者あるいは改憲に賛成でないのは興味ある事実である。

 マッカーサーは、占領軍司令官として日本に赴くにあたって、「天皇を止めさせてくる」と言明して出発したそうだ。ところが日本に来てそんなことは到底無理だと直ぐに気付いた。その頃1945年6月、アメリカのギャロップ調査によると、天皇は処刑すべきという意見が33%、17%が裁判を、11%が生涯における拘禁、9%が国外追放するべきであると回答していた。
 一方、1948年8月15日の読売新聞の調査によれば、天皇制存続支持は90.3%、天皇留位支持68.5%だった。
 この違いは、ひとえに日本の国の形を理解できないアメリカ人だったのだから当然と思える。
 日本人としては、天皇の存在はほぼ太古の昔からの習わしであり、山に緑があり、川の水が流れるがごとく自然なことであったと思われる。これを、天皇制と名付けロマノフ王朝のごとく廃絶させようとしたのはソ連や共産党だった。
 フランス革命に於いても、王家は全員ギロチンで首をはねられた。
 日本で天皇を滅ぼそうとした人はいなかった。天皇はあくまでも権威であって、権力ではなかった。明治維新という国家の大変革が、いわば無血革命といってもいい形で行われたのも天皇という存在があったからだといえる。
 中世の後醍醐天皇などを例外として、天皇が明確な意見を述べた例はないそうで、常に権力を持たない権威としてのみの存在だった。帝国憲法の主旨を理解していた昭和天皇が意見を明確にしたのは、2.26事件の時と大東亜戦争終結の時の2回のみとされている。ボツダム宣言を受諾するか否かの会議で、天皇の存在が許されるとの明示がないため意見がまとまらなかった。そこで、陛下の意見を聞いてみようということになった。天皇は、このまま戦争を継続したら民の被害がさらに増えるのは忍びないとの感想を述べられた。このことを聞いて本土決戦を唱えていた閣僚も、ボツダム宣言受諾に同意したので、終戦の詔勅が発せられることになった。
 日本の国の形を理解しないまま、単純にボツダム宣言受諾によって主権が天皇から国民に移ったなどというのは間違っているというべきだ。
 
 欧州の王室は、他国の王室との婚姻を繰り返していたし、日本のような万世一系などというものとはまるで異なる。こうした王室はまさに権力そのものであった。権力者は覇権を争いそして血が流れたし、そうでなければ、例えばロンドン塔の石牢での幽閉などがあった。
 支那大陸ではまさに血で血を洗う権力闘争の歴史があった。権力を奪われた一族は根絶やしにされた。そして、人間の卑しい部分を巧みに利用する才能に長けた一人の男が権謀術策を駆使して、武力統一をなしとげ、中華人民共和国という疑似民主主義国家が生まれた。

 日本では、権力の争いはあったが、勝った側が天皇の承認を受けて、官軍となり一方は賊軍となった。官軍を官軍たらしめるために天皇という権威が必要だった。権威を倒して権威を奪うということは不可能であった。そう考えないと、いまにつづく皇統を理解できない。
 つまり、日本という国を理解するためには天皇というキーワードが必須であると思われる。天皇への理解が日本の国の形・国柄への理解に必要である。
 民衆が権力者を倒した時に、再びもとの権力の復活を防ぐために憲法が作られる。
フランス革命後のフランス、ロシア革命後のロシア、南北戦争後のアメリカなどみな同じである。
 ところが、日本の場合は状況が異なり、外国の侵略を押しとどめるために憲法作成の必要に迫られた。明治維新直前、江戸の無血開城の前日に作られた詔勅・五箇条の御誓文から類推されることは、日本は戦争以前から民主化されていたといえるのだ。
 帝国憲法作成を学ぶために欧州に再度向かった伊藤博文が、苦心したのは欧州の憲法の形のなかに、いかに日本独自の国柄を埋め込むかということだったと考えられる。
 これらのこと、大日本帝国憲法については、項を改めることにする。