2017年。年頭の所感

 2017年。睦月・正月も半ばを過ぎました。
 昨年は世界中で波乱含みの出来事が起こり続け、その流れは年が押し詰まるほど、どんどん大きくなったようです。
 今年にはそうした動きは収まることなく続き、何かことが起こる、世界の枠組みに変動が起こるという緊張感を抱かせる新年の明けだったように思います。
 恒例の神泉苑での新年会では、毎年和服を着るのを慣わしにしていたのですが、今年は初めて洋服を着ました。
 日本がこの年に変わるのだから、自分もなんか変わったことをしないといけない。そんな気がしたからです。
 この会では、終わりの去り際に、女将とのツーショットの写真を撮るのが習慣になっているのですが、初めてスーツ姿で写真を撮りました。
 
 昨年、両の手では数え切れないほど起こった大事件の中でも、特筆すべきはやはり、トランプ大統領の誕生だったと言っていいでしょう。とはいえ、このことだけが独立して突発的に起こったことではなく、これ以外のほとんどすべての出来事とも結構深く関連しあっていると思われるのです。
 正直言って、ぼくはトランプになってよかったと思っています。
 テレビなどに出るコメンテータなどは、大変だ困ったと言っている人が多いようで、よかったよかったという人は稀なようです。
 
 強烈かつ執拗なトランプ叩きを行っていたアメリカのほとんどのマスコミと、その報道の横文字を縦書きに書き直していただけの日本の報道は、結果を見てまさにたまげたのではないでしょうか。
 日本ではしかし、そのとんでもなく間違った判断に対して、反省することもなく、平然として分析と講評だけを訳あり顔に垂れ流しています。
 もともと泡沫候補としていたのだから、あんなに必死になることもなかったはずなのに、どうしてなのだろうか。あれは、結果を予測したからなおさらひっくり返そうとムキになったのだという説もあります。
 しかし、アメリカ国民は全く耳を貸さなかった。という結果が示されたわけです。時代はニクソンをウォーター・ゲート事件で退陣させた時代とは違っていたということなのでしょう。
 
 トランプの暴言とか品のなさなどが、我が国では問題になっているようです。でもぼくはあんまり気にならないのです。
 アメリカ人というのはもともとそういう国民だし、そうした人たちが選んだ人なのだから、と思っています。
 世界で日本ほどアビュース(罵り、雑言)の少ない国はないと言えます。
 『007は二度死ぬ』で日本にやってきたジェームス・ボンドは、日本のことを「アビュースがなくて、ステーキの美味しい国」と評しました。原作者のイアン・フレミングはそう見ていたのでしょう。

 ヒッピー・ブームを起こしたアメリカのヒッピーは、とんでもなく言葉を汚くする革命を行ったのだと思います。あの変なカウンター・カルチャーなどともてはやされた風習は、「ファック」という言葉を日常会話で一般化しました。
 辞書を引いたらわかるように、Fuckとは性交という意味なのですが、「ファック!」といえばまあ日本での「クソ!」であり、何にでも頭にファッキングをつけて、例えば「ファッキング・カー」つまり「クソ車」などとやり、それがかっこいい言い回しになる。直訳すれば「お◉◉◉車」。日本でこんなことが起こりますか。日本は違うのです。
 アメリカの巻き舌英語はそんな下品で汚い言葉です。でも、いわゆるハーバード英語はそんなことはなく、聞いただけで出身校がわかったりするのですが。

 トランプ氏の暴言も盛んに言われています。しかしそれも、これまでの大統領が使わなかって直裁な言葉を吐くだけで、果たして暴言と言っていいのか。それは疑問だとぼくは思っています。
 デュテルテ氏の「売春婦の息子」とタガログ語で言ったのは暴言だと言っていい。でもこれは英語の「Son of bich」をタガログ語に直したのかもしれません。
 しかし、トランプ氏はその手の言葉は発していません。
 そんなことを言えば、法政大学の山口二郎先生が、シールズの国会前デモの時に言った「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」。
 こういうのを暴言というのです。こういうことを言う人はもはや日本人ではないとぼくは思っています。

 トランプという男は、かなり賢い人なのではなかろうか。ぼくはそんな気がするのです。賢くなければ、あれほどの過酷な選挙戦を制して大勝することはできなかったはずです。
 スピーチを聞いても、ぼくが単純すぎるのかもしれないのですが、オバマさんの演説よりも、なんかストンと胸に落ちるし、なんか嘘くささがないように思えるのです。
 贔屓目なのかもしれないけれど、トランプはすべて計算づくでやっているという気がしてしまうのです。
 それに、子供たちがみんな結構立派です。子供を見れば、親がわかるというではないですか。

 ツイッターを最大限に使うという戦術も見事です。それはまさに、ワンセンテンス・ポリティックスであり、集団によって検証されているとすれば、マスメディアがこれを検証し論破することは困難ですし、先手を打つことは無理です。
 このことは、大統領就任前の今のトランプの発言によって起こっている色々な変化を見ても明らかです。
 就任後も、このツイッターでの発言をやめるとは思えず、世界中が彼のつぶやきに注目し、あるいは振り回されることになりそうです。

 彼は様々なことを言っていますが、もっともの関心事というか最優先課題は、ISISなのではないかと思います。ISISの退治です。
 これまでの紛争や戦争が長期化したり拡大した原因は、それが代理戦争だったからです。ソ連が崩壊し、東西対立がなくなってもなおロシアが代理戦争の相手として存在し続けていました。
 ところが、トランプはそうした相手をすべて味方にすることに成功しているようです。だからISIS退治はおそらく成功すると思います。
 その結果として、テロが世界中に拡散する恐れはあるとしても、トランプは「やったぜ!」と叫び、アメリカの誇りを取り戻したと思うことでしょう。

 トランプは、民主主義とか自由平等とそうしたカビ臭いような価値観を口にしないようです。先の世界大戦ののち、アメリカやイギリスがこうしたスローガンを掲げながら、どんなひどいことをやってきたか。
 グローバル化が世界を富ますと唱えながら、どれだけの富を独り占めにしてきたか。それらがどんどん暴露されているのが、今日の世界ではないだろうか。
 オバマが「世界の警察を辞める」と宣言した時から、世界中が乱れ始めたと言えます。
 トランプは、そうは言わないけれど、一番の問題のISISを潰そうとしている。つまり彼が求めているのは、世界の安定化であると言えるでしょう。

 我が国は、憲法9条という呪いの条文によって、身動きが取れない中で、身の安全を図らなければなりません。平和ボケのぼくたちも、今の世界の変動の中で、ようやくまともな自覚や認識を取り戻しつつあるようです。
 アメリカやヨーロッパで新しいリーダーが誕生する中で、一人ベテランの指導者として、日本の首相が認められつつあります。G7のメンバーでは、安倍さんは今や大古株なのです。そして、日本は今や世界で最も安定した国であり、お金持ちの国でもある。
 安倍さんは、この「世界の安定」というスローガンを掲げて、トランプに寄り添ってあげればいいのではないか。そうすることが、日本の安全保障への道ではないだろうか。そんな風に思えるのです。