何年か前、歴史上始めての黒人大統領がアメリカに誕生して就任演説を行った。そのスピーチは素晴らしい演説だといわれ、ネットにアップされ、是非聞くように何人かにいわれた。しかし、どうしたわけか、ちょっと聞いただけで、なんとなく聞き続ける気が失せてしまったことを覚えている。
しばらくして、そのオバマ氏が「ノーベル平和賞」もらったという話しを聞いた。全く興味を覚えなかった。その馬鹿馬鹿しさは、我が国の佐藤首相の平和賞受賞とも比較できないくらいの馬鹿馬鹿しさに思えた。
このぼくの直感は当たっていたようで、翌年に、ノーベル委員会のトールビョルン・ヤグランド委員長が、「オバマ米大統領はノーベル平和賞を直ちに返上すべきだ」と表明した。ヤグランド委員長はグアンタナモ収容所や中東への空爆を指摘し、「紙袋にメダルを入れ、通常の郵便で返送してくれれば十分だ」と要望したという話しだった。彼が返還に応じたという話しは聞いていない。
馬鹿馬鹿しいといえば、今回の平和賞話で、日本国の憲法を平和賞の候補にしようとした人か団体かがいるという話しを聞いて、その超絶アホさ加減に驚きあきれ、気持ちが悪くなったのだった。
そんな訳で、バラク・オバマだけに止まらないこれまでのいくつものアメリカ大統領への平和賞にも、嫌悪感みたいなものを抱いていたといえる。
今回年若い少女のマララ・ユスフザイ嬢が平和賞をもらった。正直言ってなんとなく、そこはかとないわざとらしさのようなものを感じたくらいで、意識の外に押しやったままだった。
先日の「いませか」(いま世界は)の番組で、彼女のスピーチが報道されるの聞いて、思わず聞き入った。英語が素晴らしい。単純直裁な英語表現は素晴らしい訴求力を発揮していた。それは最後の部分だったが、思わず聞き入って原稿に起こそうと思った。ネットやYoutubeには多くのアップがあった。英文の原稿もあったし、動画もあった。
しかし、おかしいことに、英文原稿が動画と微妙に違うのである。おそらく、マララさんの元原稿があって、彼女はそれをもとにしゃべったのだが、違う所が出来たのではないか。それで、ぼくは動画を見ながら原稿を作ることにしたら、以下のようになった。
動画の方は、YouTubeにアップした。マララ嬢の受賞演説(2分11秒)
As we are living in the modern age, the 21st century and we all believe that nothing is impossible. We can reach the moon 45 years ago and maybe soon will land on Mars.
現代に暮らす中で、私たちはみな、不可能なことはないと信じています。人類は45年前に月面着陸しました。もうすぐ火星にも行けるかもしれない。
Then, in this, the 21st century, we must be able a quality education.
そんな21世紀の今、子どもたちには質の高い教育を与えるべきです。
Guest sisters and brothers, dear fellow children, we must work not wait.
親愛なる兄弟姉妹のみなさん 今こそ行動するときです。待っていてはいけない。
Not just the politicians and the world leaders, we all need to contribute. Me. You. We. It is our duty.
政治家や世界のリーダーだけではなくすべての人が働く。わたし。あなた。わたしたち。すべての人が行動することこそ務めなのです。
It has becom the first generation to decide to be the last.
「これで終わりにしよう」と決めた最初の世代になりましょう。
It has become the first generation to decide to be the last.
「これで終わりにしよう」と決めた最初の世代になりましょう。
This is empty classrooms, the lost childhoods, wasted potentials.
「空っぽの教室」「失われた幼少期」「奪われた可能性」
Let this be the last time that a girl or a boy spends their childhood in a factory.
少年少女が工場で労働を強いられるのはこれっきりにしましょう。
Let this be the last time that a girl gets forced into early child marriage.
幼いうちに強制結婚させられるのも最後にしましょう。
Let this be the last time that a child loses their life in war.
戦争で子どもの命が奪われるのもこれで最後にしましょう。
Let this be the last time that we see a child out of school.
子どもが学校に行けなくて教室が空っぽになるのも
Let this end with us. Let us begin this ending.
これで最後にしましょう みんなで終わらせましょう。
Let begin the ending.
”終わり”を始めるのです。
Together, today, right here, right now, let begin the ending. Thank you so much.
”終わり”を始めるのです。 いまここから私たちが”終わり”を始めるのです。ありがとうございました。
ムスリム(回教徒)の彼女のスピーチは、アッラーへの祈りの言葉から始まる。「ビスメッラーアッラーラヒーム」(慈悲あまねく慈愛深きアラーの御名において)というお祈りの言葉から始まり、国王・王妃から始まるすべての人々へ、そして父母へと、一人一人名前を挙げての謝辞が延々と続いた後、自分の紹介になる。そしてこう述べる。
「この賞をいただく最初のパシュトゥン人、最初のパキスタン人、そして最年少であることを、とても誇りに思います。」
彼女はパシュトゥンだったのか。パシュトゥンとは部族の名前でパターンともいわれ、プシュトー語を話す人たちをいう。彼女はスワット地方の出で、だから最初に銃撃されたのはスワットだった。
ぼくが1969年の「西パキスタンの旅」で出かけた、スワット王国である。その後も何度か訪れた。砂漠の國パキスタンでは珍しく、まるで日本のような田園風景と4・5千メートルの山々に囲まれた緑豊かな心休まる所だった。(つづく)