令和8年(2026年)が明けました。
皆様、明けましておめでとうございます。
例によって昼夜逆転の毎日が続いていたので、新年の早朝5時ごろ床に着いたのですが、寝入りばなに夢を見ました。
どうしてなのか、その前後の経緯は分からないのですが、ともかくぼくはしばらく帰ったことのない田舎のるり渓の家に戻っていました。
いつものように勝手口から家に入ると、土間に置いある小さな竹籠が目に留まり、中を見ると、そこには子猫の死骸がありました。なぜそこにそんなものがあるのか不思議 に思うと同時に、どう処分しようかと考えました。
どこかに埋めてやらないといけない、どこがいいのかと考えながら見つめていると、お腹がかすかに動いていたのです。
生きてる。思わずぼくは手を伸ばしそっと抱き上げていました。抱き上げると、驚いたことにその下にはもう一つの死骸があったのです。こちらはまるで一枚の薄い小さな毛皮のようになっていました。
その時ぼくの関心はもっぱらこの両の掌に載っている小さな生き物をどう救うかに集中していました。だからこの小さな毛皮にはほとんど意識が向かなかったのです。
それから数日、ぼくはこの仔猫の介護に集中しました。とは言っても、重湯を作ってスプーンで少しずつ与えただけのことです。しかしその成果は絶大で仔猫はとても元気になりました。大変嬉しかった。とても幸せな気分でした。
そしてその時、あのもひとつの猫は、毛皮みたいになったあれを思い出したのです。
どう処分しようかと、あの籠を覗き込みました。しかしそれを手で取り出すのはなんか躊躇してしまって眺めていたのです。なんだか毛皮にしては厚くなっているような気がします。
微かに、それは動いていたのです。全く信じられないことでした。
もっと小さい猫は、やはり回復しました。
最初の猫には「捨吉」という名前を付けようと考えました。なぜだか全くわかりません。もう一匹の名前を考えて、家内に相談すると、
彼女は「知り合いの子供さんが欲しいと言ってるからあげることにしたら」といいました。
よかった。二匹も飼うのはどうかと考えていたぼくは、ホッとしたところで、あれぇ、これって夢だったんじゃないのかと気がついたのです。
初めまして。
私、三重県の桂山という者です。
今日、ジャーナリストの落合信彦氏のニュースを見て、色々と頭の中で昔を回想するなかで高田さんを思い出し、ネット検索したところこのサイトにたどり着き、コメントが残せるようなので不躾ながら初書き込みさせていただきました。
一方的な話ではありますが、私と高田さんとの出会いは今から42年前、私が中学一年生で当時の担任教師から「なんで山登るねん」を教えてもらい、以後……何と表現して良いのか上手く言えませんが、高田さんの、なんで山登るねんの世界観というか思想というか、価値観のような物の地盤になっていると自分では思っています。
その後の「続」や「続々」も勿論読んでますから、こういった一方的な「ファンです」アピールが苦手な事も知っていますので、初コンタクトはこれくらいにさせていただきます。
とにかく、高田さんが今もこの様にご健在で、この様なオープンな交流の場を開いておられていた事が本当に嬉しく、思わずコメントさせていただいた次第です。
どうぞ末永く、高田さんが思うがままの高田直樹を発信していただければ幸いです。
またお邪魔させていただきます。
桂山