戦後70年の終わりにあたって考えた

 戦後70年と言われたこの年も暮れようとしています。
 日本国内においても、世界においても、次から次へと大きな事件や出来事が起こりました。特に夏以後に関してなのですが、ある事件が起こり、それについてここで書こうとして色々と調べたりしているうちに、次の事件が起こります。これは前のこととも関連しているので、それについても調べないといけない。するとまた事件が起こる。なんてことが続いて、全く書けない状態がずっと続いていたのです。
 これが、この<葉巻のけむり>の長い空白の理由と言っていい。
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語る河野洋平氏。「恥の心」喪失の日本人の標本

 先日BSの「深層News」という番組であの有名な(悪名高い)河野洋平氏が語る番組がありました。だいたいこの番組「深層」なんて、どこが深層?という番組で深層どころか表層Newsだと思っているのですが・・・。
 そういう腰の座らない番組であることは承知してはいるものの、大変思わせぶりなリードがあり、何よりもあの河野洋平が何を言うんだろうと録画したわけでした。
 ぼくが核心だと思った部分を抜き取って、ここで紹介したい思います。
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なかなか素敵なYouTubeの番組

 先だって、YouTubeのDHCシアターにあった<青山繁晴×百田尚樹が語る『終戦の日と日本人』>があまりに素晴らしいと思ったので、思わずFaceBookに共有の手続きをしたのです。するとこれを見たfacebookでお友達の教え子の一人がこんなコメントを書いてきました。
「納得する部分も少なからずあります。しかしいいとこ取りで美化しようとしているように感じます」
 しかし、ぼくはこの動画を見て全く知らなかった事実(青山氏が語った彼自身が見たこと聞いたこと)を初めて知り、びっくりしたし感動的な話だと思ったのです。美化しようとしているなどとは全然思いませんでした。
 美しい感動的な話を聞いて、それを美化しているとかいいとこ取りなどと考えるのは、素直でないし、誤った客観主義だと思ったのです。
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「安倍談話」を考える

 戦後70年の安倍談話が出ました。それはそれは見事なものだった、とぼくは思いました。
 そもそも、戦後70年などという言葉が存在すること自体あんまり普通ではない。それは70年間戦争をしなかったということと同義で、誇るべでことだと思うのです。それに、いくら世界の大国であるとはいえ、一国の総理の談話がそれほど世界中の関心を集めるということも普通ではない。そう言えると思うのです。それはどうしてなのか。
 そこで周りを見渡してみることにします。まず国内には、どうしても安倍さんを引きずりおろさないと、70年間続いてきた戦後の体制、それを東京裁判史観を捧持する体制と言っていいと思うのですが、それが維持できないと自分も自分たちの存在も脅かされる、と考えている勢力が特にマスメディアと学者の世界に存在します。
 国外をみると、隣には、下手なことを言わせると自分たちの国の偽りの建国理念が脅かされかねないと神経を尖らせている異常な二国がいます。さらには、第二次大戦後の世界の枠組みの軋みが始まっているなかで、それに拍車をかけるようなことが起こると困ると考えている白人の国々があります。
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「戦後70年」にシナ(中国)の歴史を考える

 日本とは全くといってもいいくらい戦ったこともない国がともに今年「抗日戦勝70周年」を祝うという。いずれの国とも日本は戦ったことはない。日本がアメリカに大東亜戦争で負けた時、大韓民国も中華人民共和国も存在しなかった。
 大韓民国の国名が決まったのは1948年憲法制定国会の憲法起草委員会においてだったとされている。それで、1948年8月15日という日本の敗戦記念日を選んで「光復記念日」と呼んで、自らを騙しているわけだ。
 中華人民共和国はどうかといえば、その建国は日本の「ポツダム宣言受諾」から4年後の1949年のことだった。日本が戦ったといえば、それは戦争というほどのものではなく、「日華事変」と呼ばれた日本と中華民国との戦闘に過ぎなかった。大東亜戦争に日本が負けたのち、支那大陸では蒋介石率いる「中華民国」と「八路軍」と呼ばれた毛沢東の共産党軍との内乱になり、毛沢東軍が蒋介石軍を台湾に追いやって、中華人民共和国を設立したのが1949年だったわけだ。
 すでに明らかなように、中国も韓国も偽りの国史を作り上げており、その偽りを取り繕うためなら手段を選ばぬあらゆる策を弄してくるように思われる。
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新しい歴史教科書(承前)

 前稿の「新しい歴史教科書が出た!」では、「第3章 近世の日本、安土桃山・江戸時代」までを読み進み、注目した記述を拾い上げました。
 同じような調子で進むと、それは大変な量になりそうなので、ほんの一部だけをピックアップしながら進むことにします。

地球を二分割しようとしたポルトガルとスペイン

地球を二分割しようとしたポルトガルとスペイン

 第3章の「近世の日本」の冒頭に記されているのは、ヨーロッパ人の世界進出という項目です。ポルトガルとスペインは新航路を開き大航海時代が始まります。コロンブスが間違って西インド諸島に到達し、アメリカの先住民をインディアンという的外れの名前で呼んだ2年後の1494年、ローマ教皇は大西洋を東西に分け、東半球で発見されるものはすべてポルトガル王に属し、西半球で発見されるものはすべてスペイン王に属すると取り決めた。これをトルデシリャス条約という。
 この記述に関して激しくいちゃもんをつける人たちがいるようです。確かにこれはキリスト教を武器に世界の植民地化を策した白人たちの目論見の嚆矢と言わんばかりだというような批判なのです。ぼくが思うには、その後の歴史の流れを見れば、白人たちが虐殺を繰り返しつつ世界を植民地化していったのはマギれもない事実なのですから、細かくあげつらうこともないと思うのです。
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ケント・ギルバート氏の愉快な喩え

 今度出た「新しい歴史教科書」の帯には、<虚構の南京事件を載せず、実在した通州事件を書いた初めての教科書誕生!>と大書きされています。
 この南京事件あるいは「南京大虐殺」と呼ばれる事件は、当時の南京市民の人口を上回る20万人とも40万人とも言われる虐殺事件とされ、そのでっち上げは東京裁判のひどいでっち上げの結果生まれたものでした。一説によるとこの数字は原爆による広島・長崎の市民虐殺の数と合わせたものだとも言われています。
 しかし、不思議なことに韓国の慰安婦問題などと異なり、中国はこの事件についてさほど喧伝しませんでした。それを行ったのは日本の朝日新聞の本多勝一という人です。日本には、自分の国のことを世界に先駆けて悪く言うことに喜びを感じるような不可思議な人がたくさんいるようなのです。
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新しい歴史教科書(中学社会)が出た!

市販本 新版中学社会 新しい歴史教科書

市販本 新版中学社会
新しい歴史教科書

 ついに、とうとう、やっと素晴らしい歴史教科書が出ました。  ぼくはこれまで、なんども歴史教科書について取り上げてきています。
「日本の歴史教科書」 2013/04/16
「日本史教科書、天皇は大王か」 2013/04/19
「日本史教科書・倭寇のくだり」 2013/04/20
「日本の歴史教科書について(承前)」 2013/05/14 などなどです。
 そもそも「新しい日本の歴史教科書」は、1996年西尾幹二氏等を中心として結成された「新しい歴史教科書をつくる会」によって、出版されるようになった。従来の歴史教科書が「自虐史観」の影響を強く受けているとして、従来の「大東亜戦争肯定史観」にも「東京裁判史観」ないし「コミンテルン史観」にも与しない立場から新たな歴史教科書をつくる運動を進めるとしてきた。
 路線をめぐっての幾度かの内部対立や毀誉褒貶があり、現在の会長は7代目である。
 あたらしい歴史教科書は、育鵬社と自由社の2社から出版されてきた。その路線対立を写してか、この二社は色々と争いがあるようだ。私たち日本国の国民にとってはそんなことはどうでも良いことのように思える。
 今回出たのは自由社のものである。その帯には「虚構の南京事件を載せず実在した通州事件を書いた初めての教科書」と高らかに謳っています。通州事件を始めとする謀略によって日本が日華事変にひきずりこまれたのは歴史的事実なのですが、マルクス史観を奉じる日本の歴史学者どもはついぞ取り上げようなどとはしてこなかったのです。
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みんなおかしい憲法学者(2013/09/17のブログの再録)

 ここのところ、安部政権が進める安保法制の集団的自衛権を巡って、世界的な常識では考えられないというか理解不能とも言える瑣末で的外れな議論が議会でマスコミで行われています。憲法学者がこぞってこの法案に関して憲法違反だと唱え、民主党は鬼の首を取ったかのように政府を攻撃しています。
 こうした憲法学者、いわゆる宮沢憲法教を信奉する学者を量産したのは、戦前の皇国史観から掌を返すごとく見事な変節を遂げ、「曲学阿世の徒」と言われる学者が宮沢東大教授でした。
 彼について、一昨年9月の<葉巻のけむり>の「NHKスペシャル『JAPANデビュー』の「天皇と憲法」とリベラル派学者」という項で書いていますので、必要部分だけを再録することにしました。
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AIIB(アジアインフラ投資銀行):世界変動へのきしみ4

 世界はいま大変動の波の中にあるといっていい。これは否定できない事実であると言えます。
 しかしその変動というのは、どこに現れているのか。そのどれに注目したらいいのか。またその変動をどう捉えるのかというと、その見方はじつに種々様々で、どれが正しくてどれが間違っているのか。これがどうも分からない。さらには、どう正しくてどう間違っているのかとなると、これまた複雑で全く混乱してしまうのです。
 第二次世界大戦のあと、世界の覇権は完全にイギリスからアメリカに移りました。イギリスは世界の主導権をアメリカに譲りましたが、密かに後ろに回って、いわゆるバックシートドライバーの立場を維持しようとしていたようです。しかしいまはもう、そのやり方も捨てたと思います。
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