先の項で『岩と雪ベストセレクション』にぼくの『登山と「神話」』が取り上げられたとして、その内容がデジタル化されている<高田直樹ドットコムへようこそ>なるサイトを紹介しました。しかし正しくは、その冒頭の1章「スポーツ神話について」のみでした。正確を期してここで訂正しておきます。
さて、前に示したこの本の紹介文で、冒頭に掲げられている作品は、本多勝一氏の「パイオニアワークとはなにか」であり、そして二番目は吉田二郎氏の「スーパーアルピニズム試論」でした。
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投稿者「takadanaoki」のアーカイブ
『岩と雪』ベストセレクションの発刊

厚さは2cmすこしで、けっこう重い
むかし山登りが盛んでブームだった時代に、高級誌であった季刊誌『岩と雪』は、やがて隔月刊となり、岳界の思潮をリードしていたのですが、20年ほど前に廃刊となりました。
この1958〜1995年のバックナンバーからの選り出した論文と記録をまとめたものです。
ネットで調べると、次のような紹介が載っていました。
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インスタント焼きそばのこと
たしか暮れのことだったと思うのだが、ネットのニュースで次のようなことを読んだ。
インスタント焼きそばの人気投票で圧倒的に支持されたのは、ペヤングと日清UFOだった。この二つにはほとんど差がないほどだったが、関東と関西で好みが分かれたというのだ。
関東ではペヤングが、関西ではUFOが好まれることがわかったそうである。
ぼくはインスタント食品なるものをほとんど、いや全くと言っていいほど食べないのだが、つい最近友達のマンションで、インスタント焼きそばなるものを食べ、それがペヤングの焼きそばだった。
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2017年。年頭の所感
2017年。睦月・正月も半ばを過ぎました。
昨年は世界中で波乱含みの出来事が起こり続け、その流れは年が押し詰まるほど、どんどん大きくなったようです。
今年にはそうした動きは収まることなく続き、何かことが起こる、世界の枠組みに変動が起こるという緊張感を抱かせる新年の明けだったように思います。
恒例の神泉苑での新年会では、毎年和服を着るのを慣わしにしていたのですが、今年は初めて洋服を着ました。
日本がこの年に変わるのだから、自分もなんか変わったことをしないといけない。そんな気がしたからです。
この会では、終わりの去り際に、女将とのツーショットの写真を撮るのが習慣になっているのですが、初めてスーツ姿で写真を撮りました。
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NHKスペシャル「東京裁判」を見る
4夜連続のNHKスペシャル「東京裁判」を見ました。
確かにパル判事の主張を取り上げているとはいえ、彼に対する各国判事の対応はなんとなく嘘くさい。インドは独立したかしないかの時期で、白人の宗主国の判事達があれほど立派に振舞うというのは、きれいごとすぎる作り物の感じが否めなかった。
このドラマはNHKの企画原案によるもので、オランダ、カナダとの合同製作を唱っている。とはいえ、これは看板だけで客観性をてらういかにもNHKらしいやり方と思えた。
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日露共同記者会見でのプーチン・スピーチ
世間の耳目をそばだたしめていた日露首脳会談が終わって一週間ほどが経ったでしょうか。ようやく静かさを取り戻したようにも見えます。
プーチン訪日のこの会談への期待は、今年になって大いに盛り上がっていたのですが、クリミヤ併合をなじるアメリカを筆頭とするG7諸国の経済制裁やドーピング問題などで、年内中には無理だとの見方に変わっていきました。
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トランプの勝利に思う
世界中の予想を裏切ってトランプが当選しました。
ぼくは勝つとしても僅差だと思っていましたから、あの結果はやはり少し意外ではありました。
あの日、朝から選挙速報を見ていましたが、クリントンからトランプそしてクリントンと上位を交代しながら、昼前だったと思いますが、マイアミをトランプが制して大きく引き離したところで、ぼくはトランプ勝利を確信しました。
そこで、facebookには「トランプが勝つようです。やっぱりという感じ。エスタプリッシュメントに冷水」とかなり抑えて書いたのですが、内心はやったぁという感じだった。
前日に家内から「いったいどっちが勝つの?」とたずねられて、少々困って「クリントンが僅差で勝つかも」といったのは、クリントンになってほしくはなかったけれど、トランプと断言する勇気がなかったからです。
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ノーベル文学賞にボブディラン
ノーベル文学賞はボブディランというシンガーソングライターに決まりました。ちょっとびっくりしました。
ボブディランについては、ぼくは何にも知らず、ただ昔歌った歌詞にあった記憶があっただけでした。それで、その覚えている歌詞の切れ端「聞いてたボブディラン」でグーグッてみると、「学生街の喫茶店」が出てきました。
そうか、そうか、そんな歌だったなと、大変懐かしく、正確ではないメロディーを口ずさんでしまいました。
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都知事選が終わって
日本中が結構大騒ぎしたかにも感じられた東京都知事選挙も終わりました。
選挙公示あたりから、しばらく東京に滞在していたこともあってか、いつもよりもかなり関心を持っていたことは事実のようです。
昔はかなり興味があって、その講演を聞きに行ったりしたこともあった鳥越さんが、究極の後出しジャンケンとも言われたタイミングで出馬を表明した頃から、ある切迫感みたいなものがぼくを襲いました。
こんな人が当選したらとんでもないことになる。そう思ったのです。かなり前からこの人の欺瞞性みたいなものに薄々気づいてはいました。それが決定的になったのはNHKのファミリーヒストリーという番組を見た時でした。
変に反権力をてらい、父親までも権力とする不自然なポーズにある幼児性と不自然さを感じたのです。
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明治憲法って大日本帝国憲法の蔑称?
パソコンに潜ってみると<葉巻のけむり>の下書き原稿がいっぱいあって、そのほとんどは書きかけのものです。また、やはりちょっと、もう古いという気がするものもあります。でも結構がんばって書いているなと思うものもあり、引っ張りだそうかなという気になりました。
以下のものもその一つで、2013年の10月に書いたものです。
戦争に負けて、GHQの統治下で使用を禁じられた言葉が沢山ありました。
大東亜戦争は駄目で、占領軍は太平洋戦争と呼びました。「支那」にかんしては中華民国が、「中国」と呼んで欲しいといってきました。
国史は日本史と置き換えられることになりました。自分で自分の国の歴史をこんな風に呼んでいるのは、日本以外にはありません。アメリカでは、American Historyではなく、National Historyです。チャイナでも同じです。
敗戦直後のおびえが、なおトラウマとなって身体に染み付き、独立国となってもなお、GHQの呪いから解き放たれることがないかのようです。
ぼく自身、最近ではもう平気になりましたが、大日本とか大東亜とかいう言葉を口にするのが憚られるように感じたものです。
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