スイス・ヘルメスのかなタイプ

 国会議員の稲田朋美さんのお父様が講演なさるから行きませんかと誘われた。稲田朋美議員には、おかしげな女性議員が多い中で、大変好感を持っていた。
 誘い手は、そうしたぼくの気持ちを見透かしたかのように「この親にしてこの子あり」というでしょと追い討ちをかけて来た。
 演題は「新かなはなぜいけないのか」というもので、興味がないとはいえないものだったので、日曜日の午後、四条烏丸の第五長谷ビルに出かけた。
 会場には、竹田研究会と同様に日の丸が鎮座しており、そこは「頑張れ日本!全国行動委員会京都府本部連続セミナー」の会場だった。
 そう思って見回してみると、桜チャンネルで見覚えの顔が見えた。(谷田川惣氏)

 演題は「戦後の国字改革の問題点を考える」というものだった。演者の椿原泰夫氏は洛北高校の校長を勤めた人だったことが後になって分かり、お話をすればよかったと思った。
 講演は、詳細な資料が整えられており、いくつかの本の紹介もあって、内容の濃いものだった。椿原先生の話を聞いて、思い出したことがいくつかあった。それについて書いてみようと思う。
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倭寇に関する補遺

 倭寇について納得できない感じが残り、調べることにしました。気になりだすと放っておけないのが、ぼくの悪い癖です。
 結論から言って、倭寇というのは、コリアやチャイナでの呼び名であって、実態は交易活動であったということです。
 最近では、是正されて来たのかもしれませんが、10年ほど前の中学の教科書などはひどかったようです。倭寇の活動範囲を「侵略地域」と記載していたそうです。
 チャイナには、もともと貿易という概念はなかった。この国の皇帝は世界の統治者と思っていましたから、外国という認識はなくしたがって外国との貿易など思案の外でした。
 コリアやベトナムから貢ぎ物が届けられると、それに対して皇帝陛下が何倍もの褒美を遣わされる。という感じのいわゆる朝貢貿易だけが公認されていました。
 明の時代には、太祖・洪武帝は海禁令というものを出しました。「片板も海を下るを許さず」と、人間はもちろん板きれも海に出てはならないというもの。海辺の人間は内地に移住させ、そこに軍隊を駐屯させました。
 そして、朝貢も厳しく取り締まり、例えば日本の場合ですと、10年に1度で船は2隻と決めました。これは、日本もチャイナも大迷惑だったのですが、足利義満に取っては結構なことで、10年に1度だけだったとはいえ、国書持参が必要でしたから、彼だけが貿易を独占できた訳です。
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日本史教科書・倭寇のくだり

倭寇Page パラパラめくりながら斜め読みしていると、またまた引っかかりました。なかなか先に進めません。困ったことです。
 <南北朝の動乱のころ、対馬・壱岐・肥前松浦地方の住民を中心とする海賊集団が、朝鮮半島や中国大陸の沿岸をおそい、倭冦とよばれて恐れられていた。倭冦は朝鮮半島の人びとを捕虜にしたり、米や大豆などの食料をうばうなどした。>
 倭冦というのは、けっこう有名な史実で誰でも知っていると思えます。ぼくも中学の頃、これを習って、へえー日本って強かったんだと、なんか誇らしい気分になったのを覚えています。しかしこの海賊集団はまた交易船でもあり、海賊専門とは言い切れないのではないか。
 それに、対馬・壱岐・肥前松浦地方の住民が海賊商売をしていたのだろうか。おかしいと思い、調べてみました。
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日本史教科書、天皇は大王か

日本史 前稿で歴史教科書について書いたことから、今の教科書はどうなっているのかと、気になり始めました。そこで、友人のイノウエ君にメールで依頼しました。
 早速彼は、木曜の定例ミーティングに高校の日本史と世界史の教科書を持って来てくれました。
 まず、日本史を開きました。
 詳説・日本史というタイトルで、改訂版と書いてあり、石井進以下5人の著者名があります。5人とも東大の先生です。
 最初の部分を少し読んで、なんか変だなと思いました。
 【前期・中期の古墳】というあたりです。
 <最大の規模を持つ古墳、大仙陵古墳(現、仁徳天皇陵)は、第2位の規模を持つ大阪府誉田御廟山古墳(現、応神天皇陵)などとともに5世紀のヤマト政権の盟主、すなわち大王の墓と考えられる。>
 天皇陵がなんで大王の墓なんや。天皇陵は天皇の墓と違うのか。なんでヤマト政権なんや。大和政権と違うのか。それに、この(現、仁徳天皇陵)の「現」とは、どういう意味なのだろう。昔は違ったということなのか。大王の墓はいつから天皇陵になったのか。
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日本の歴史教科書

 あれはたしか、阪神大震災の翌年のことだったから、もう17年ほど前になる。
 トルコのリゾート・ボドルムに10日間ほど滞在したことがあった。
 ボドルムというのは、エーゲ海に面した著名なリゾートだった。エーゲ海は波静かで、ギリシャはすぐ向こうという感じだった。
 イスタンブールでもそうだったのだが、この国の人たちのノリは、パキスタンに極似していると感じ、このフレンドリーさは多分ムスリム教の所為ではないかと独り合点したりしていた。
 ボドルムで、ジョギングをしようと思い、郊外のショッピングモールに靴を買いに出かけた。
 すぐに見つかったジョギングシューズの専門店に入ると、店番をしていた30歳を超したばかりとおぼしき青年が、ぼくを迎えると、「日本では大きな地震があったでしょう」と尋ねた。
 ぼくも家族も被災地から少し離れていたから、ほとんど被害はなかったんだ、という説明を聞きながら、入り口のドアを施錠した。
 一瞬、ぼくはその意図を計りかね、緊張で身を固くした。
 他のお客が入ってこないようにしたということはすぐに分かった。
 それから、彼はぼくに椅子を勧め、「実は教えて欲しいことがある」と真剣そのものの面持ちで、地震が来たときの逃げ方を尋ねたのだった。
 トルコも地震が多い国なのかも知れないが、日本は地震大国である。しかし、こんなに真剣に、地震の対処法を知りたがっている人はいるのだろうか。
 帰りの道すがらそんなことを考え、確かに違いがある、でもその違いはなんなのだろうか。自分の身を自分で守るということを教えられていない、誰かが守ってくれるだろうという子供のままの考えをもち続けているのだろうか。
 あの時の記憶は、今も鮮明なのである。
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安倍首相、現行憲法について述べる

Hosono 先日4月5日の国会予算委員会の中継で、民主党細野幹事長が質問に立ちました。
 メインは原発事故についてだったのですが、最後の10数分に追加質問事項で、主権回復の日についての質問を行いました。
 その質問で細野議員は、昨年の主権回復の日の式典に、安倍総理が送ったメッセージが取り上げ、そこで安倍総理の歴史認識や現行憲法に対する認識について質問しました。
 あまりTV出演などでは取り上げられないで、かなり意図的にパッシングされたり、あるいは安倍さん自体もあからさまには発言することを控えている部分だと思われる所です。
 ところが、安倍総理が話しだした所で、NHKの放送時間が終わってしまいました。意図的に終わったのかと思いましたが、単純な時間配分だったようです。でも、そのあとは、天気予報でしたから、そんな中途半端な終わり方をしなくてもよいのに、とも思いました。

TV_Internaet_CabinetFile どうしても聞きたいと思いました。そこで、「TVインターネット審議中継」のサイトを見ました。
 ここは、先日、NHKがYouTubeの動画を削除したと問題になった時に、見つけたサイト(www.shugiintv.go.jp)で、goですから、国のサイトだと思います。衆議院の各委員会質疑応答内容がすべて載っています。
 すぐに見てみたのですが、当然のことながら、中継が終わってすぐですから、まだ載ってはいませんでした。
 日が変わったすぐの頃、また見てみるとしっかりアップされていました。なかなか立派なことです。
 早速、ダウンロードして必要な部分だけを切り取って、「2013_04_05 予算委員会 細野豪志、現行憲法について質問」というタイトルでYoutubeに載せることにしました。穏やかなタイトルにしたのは、また消されたら面倒だからと思ったからですが、国が文句を言う訳がないと思いました。もし、クレームによる消去があったとしたら、それは「なりすまし」だということでしょう。
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福澤諭吉『脱亜論』大いに首肯すべし

「たけしのTVタックル」を見ました。中国人・韓国人がそれぞれグループを作り、日本人グループとの3グループで議論するという趣向です。
 この番組は、いつものことなのですが、議論ではなく、喚きあいの態で、ほんとにイライラしてしまいました。
 見ていて、いつか読んだジョークを思い出しました。

 神様が、日本の国を作りながら言います。
「ここは、緑多く水清く、美しい島にして、礼儀だだしくて温厚善良な人々を住まわせよう」
 すると、そばにいたお付きの人が言います。
 「神様、それはあんまり恵まれ過ぎてはいませんか」
 神様が答えました。
 「いや大丈夫じゃ。そばに支那と朝鮮を置くことにするから」
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Sayaの桜ものがたり「明治憲法と日本の国柄」

みなさんは、野上弥生子という人をご存知だろう。代表作は『真知子』である。
この人のお孫さんが、哲学者の長谷川三千子氏である。一度ならず動画での講演を聴いた事があって、その落ち着いた説得力のある話し振りが印象に残っている。この先生はまた、安倍さんを熱烈に支援しておられることも知っている。
彼女が、Sayaの「桜ものがたり」のコーナーで、大日本帝国憲法について講義していらっしゃる。哲学者らしく論理明晰であり、説明は極めて平易である。天皇と日本の国体についての説明には心打たれるものがあった。そこで、そのすべてを文字に起こして、このブログに載せることにした。
Cherry
Saya:こんばんは。さくらものがたりへようこそ。
Two2withTitle長谷川:こんばんは。
Saya: この番組は毎回素晴らしいゲストをお招きして、色々なお話をうかがっていくという番組です。今夜も素晴らしいゲストをお招きしました。埼玉大学名誉教授でいらっしゃいます長谷川三千子先生です。よろしくお願いします。
長谷川:よろしくお願いします。
BookSaya:前回、民主主義とはなんなのかという、こちらのね、ご本をわたし読ませて頂いたこともありまして、それが抱えている病理というか、その深い所までお伺いしました。そしてですね、大日本帝国憲法、明治憲法は実はよく出来ている憲法だという・・。
長谷川:そうなんです。帝国憲法というと、なんか封建的というか、全然違うんですけどね。封建的の逆なんですけど。それからもう天皇が絶対であるとか、君主主権で国民は絶対もう声が届かないとか、そういういろんな嘘偽りのイメージで飾られているのが(笑)、帝国憲法なんですけれども、実はその帝国憲法というのは、古くからの日本の国柄と、それからもうあの当時、日本が国際社会に参入した時のスタンダードになっていたいわゆる民主主義に基づく近代憲法それからその憲法に基づく立憲政治というそういうものを非常に上手く取り入れて出来た憲法なんですね。
Saya:へえぇ。
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TPPの深層

 TPPはTrans Pacific Partnershipの頭文字を取ったものであることは誰でも知っている。
 日本語では、環太平洋パートナーシップ協定、環太平洋経済連携協定、環太平洋経済協定などと訳されているが、transには環という意味はない。環太平洋なら、Circum-PacificあるいはPacifice-rimだろう。

CisTrans1CisTrans2 transといえば、化学が専門のぼくは、シストランス異性体という術語が思い浮かぶ。分子量は等しいが性質が異なるという異性体のうち、原子の位置が異なるシス型(cis-)とトランス型(trans-)位置異性体である。
 つまり、これは環太平洋と名付け、いかにも多国間協定然とした命名がされているものの、原語の意味する所は日本とアメリカという太平洋を挟んだ二国間を意図した協定なのであって、そこに米国の意図が見えるのではなかろうか。

 アメリカは、これまで2度に渉ってグローバリズムを唱え進めたが、いずれも失敗した。最初はIT革命と称してドルの還流を計った。次は住宅バブルを起こしたが、サブプライムローンのまやかしの露呈におわった。景気回復を意図して、金融緩和と財政出動を繰り返したが経済は好転しなかった。
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パキスタン・ナショナルデー祝賀会へ出席

InvitationCard パキスタン大使からパキスタン・ナショナルデーのレセプションの招待状が届いたので、家内を連れて出席することにした。3月21日の18:30からで、場所はホテルオークラである。
 昨年の4月にもパキスタン大使館での昼食会へのお誘いがあって出席したのが13日、ほとんど日を空けずに今度は、26日に日パ国交樹立60周年記念祝賀会の招待を受けた。
 これらについては、それぞれこの<葉巻のけむり>に書いた。
パキスタン大使館昼食会と大阪のシガーパーティ

 パキスタンという国は、その成立が大変複雑な歴史を持っているといえる。もともとインド亜大陸はイギリスの植民地だった。1858年から1945年の第二次世界大戦の終結までの87年間はイギリス人の総督を基軸とするイギリス領インド帝国の時代だった。
 イギリスはインドの経済的困窮化に伴う不満を懐柔するため、1885年諮問機関としてインド国民会議を設けた。インド国民会議は知識人を主たる構成員とし、インド古来の因習を開明することを目的とする比較的穏健なものであった。しかし、民族資本家の形成によって反英気分が高まりをみせ、インド国民会議派は急進的な民族主義政党へ変貌していった。
 この過程において、大日本帝国の日露戦争の勝利が大きな影響を与えたといえる。
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