コンビニで妖怪本を買う

MonsterBook先日、京都烏丸通を歩いていて、小用を足したくなりコンビニに入った。
出がけにちらりと本棚を見ると、『日本の妖怪』という書名が目に飛び込んだ。よく見ると、その横には、同じ体裁で『哲学がわかる本』というのが並んでいる。
これはなんとも面白い。おおいに興味がわいた。「これを読めば“真理”がわかる!?」という副題がついた哲学の概説書が並んでいるのも、この取り合わせがおおいに面白いと思えたのだ。パラパラとページを繰ってみた。
『日本の妖怪』は妖怪の図録と解説であり、『哲学がわかる本』は、歴史上の哲学者の一覧と解説である。これはまるで、江戸時代の状況ではないか。
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妖怪という霊の住む島・日本

暑かった夏が過ぎました。あの夏に、日本では、特に東日本大震災の地で不思議な体験をした人が沢山いたようです。
あのとんでもない大災害で肉親を亡くしたり、最愛の子供を失ってうちひしがれていた人たちは、亡くなった人にあうことが出来たのでした。亡くなった人が眼前に現れ、励まされることによって、再び生きる勇気を持つことが出来るようになったといいます。
そんなバカな、という人も多いでしょう。
ある世論調査によれば、お化けや幽霊がいると思う人は二人に一人で、これは1979年の調査からあまり変わっていないそうです。
地域的な違いは、中・小都市や農村では減っている傾向があるのに反して、大都市部では増えています。年代別では若い人ほど、いると思う人が増えている傾向は変わらず、二十歳代では39%となっています。
霊魂や神、死後の世界などの存在について、そのような現象があると思う人は、ほぼ三人に二人となっています。いちばん多いのは「虫のしらせ」(39%)で「霊が見守る」や「死後の世界」などがこれに続きます。
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<延槻(はひつき)の河のわたり瀬あぶみ漬かすも>

早月尾根と早月川

早月尾根と早月川、その先に富山湾がある

突然、高校山岳部員だった教え子が、おそらく20年ぶりくらいに電話してきて、「劔のことを教えて欲しい」といいます。
なんでも、2人で劔に行きたい。小窓の王へはどう行ったらいいのか、と訊きます。尋ねても、「北の方の尾根からいきたのです」等というだけで要領を得ません。
「小窓尾根から行こうと思ってるの?」
「そこはザイルは必要ですか」などと言っています。
そういう要領を得ない問答を繰り返して、ようやく彼が早月尾根を登って池の平に抜けようとしているということが分かりました。
一緒に行くのは、5年ほど前から山を始めた素人だといいます。
「無理や。早月尾根は一般コースと言ってもいいけど、劔山頂から三の窓はコースじゃないよ。その先池の平まではもっと大変。止めた方がいい」
結局、弥陀ヶ原から劔沢を下って、二股経由で池の平というコースに決まりました。「近いうちに伺いたいと思っていますのでよろしく」ということで、電話が終わりました。
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これは面白い!「しっかり学ぼう!日本近現代史」

この頃、YouTubeにはまっています。
YouTubeといってもそこにある動画は無数と言っていい訳だし、的確には表題の「しっかり学ぼう!日本近現代史」にはまっているという訳。
近現代史をぼくたちはあまり知らないといえます。その知識の大半は大河ドラマからのものだったりする。
「しっかり学ぼう!日本近現代史」は一週ごとにくくられていて、各週6話つまり、月〜土の毎日15分のシリーズです。
現在はもう第10週に入っていて、タイトルは「これがほんとの昭和初期〜大日本帝国滅亡の原因」です。そして第1話は「昭和初期の日本〜暗黒社会…ってほんと?」となっていますが、ぼくはとてもそこまでは行けず、第4週の辺りです。ここは「激動の幕末へ」です。
この週の最終第6話は「薩長同盟〜若者の志が日本を動かした」です。
このシリーズの面白いのは、通説の裏が明かされることと、いつも今日の事実との対比がされることです。
たとえば、薩長同盟は池田大作と宮本憲治に手を組まそうとしたみたいなとか、薩長同盟は西郷・大久保と木戸孝允の話し合いだけだったが、長州が幕府軍を撃退した時に始めて同盟になったとか、同盟というのはそんなもんで、アメリカが止めたといえばそれでしまいという話になります。
また「そこでこれ」とパネルがでてきて「野田佳彦、いや違った徳川慶喜」などとふざけが入るのですが、こうした喩えが極めてリアルで分かり易かったりするのです。

このシリーズは「CGSチャンネル」 ChGrandStrategyチャンネルグランドストラテジーで放映されています。
今年の4月頃から始まったようです。上の紹介の動画があるのでそれを見ましょう。

日本近現代史画面日本の近現代史は、「黒船来航」から始まるというのが常識ですが、このシリーズでは第3週の4話になって初めて出てきます。それまで、十数話にわたって、延々と諸外国の状況や世界の動きがつぶさに省察されます。世界や周囲の状況があって初めて立ち位置というか、日本が分かるという訳です。
そして、いよいよ始まるのですが、その第3週のタイトルはというと「ペリーが来る!だから、どうした?」なのです。さらに第4話「ペリー?誰、それ」です。
ペリーは脅しにやってきたように思われているけれど、実はそうではなかった。けっこう優しい男だったようで、密航しようとした吉田松陰が罰せられることを心配して、幕府に寛大な処置を求める手紙を書いているのだそうです。
日本の侍はびっくりはしたのですが、他の国は恐れ戦いたのだけれど、日本はそうでもなかったようです。浦賀に出かけスケッチをして、どうかね作れるかねと船大工に尋ねた。作れるでしょうとほんとに作ってしまったのだそうです。日本って凄いという話がでてきます。
それにしても、マッカーサーが厚木に来た時に、ペリーの掲げていた旗を持参したというのは、果たしてどっちの意味だったのでしょうかねえ。
どうです。興味わきましたか?このシリーズ。
是非ご覧になってください。

エジプトの政変に思う

エジプトの政変がニュースになっています。
今回のクーデターは、始まりは2年前の「アラブの春」にあります。アメリカなどはクーデターとは呼びたくないようです。アメリカには「クーデター」には介入しないという取り決めがあるようで、だから介入の選択肢を消すようことは言いたくないという本音がある。なにしろイスラエル・パレスチナ問題を抱えるアメリカにとって、この国の動向は極めてセンシティブな問題だからです。しかし、これがクーデターであることは間違いありません。
昨年、正当な選挙で選ばれたムルシー政権は憲法改正を国民投票にかけ、新憲法を制定していました。このとき、憲法に拘束されない軍部との関係に関しては、ムルシー大統領とのかなりのせめぎ合いがあり、軍部がかなり譲歩を余儀なくされた形で、折り合ったことを、NHKスペシャルで見た記憶があります。

ところでこの「アラブの春」はチュニジアの「ジャスミン革命」から始まりました。なんでそういう名前がついたのが不思議だったのですが、ネットで調べるとチュニジアの国花がジャスミンだったからということで、えらく単純な由来でした。でも、この革命のきっかけはけっこうドラマチックです。
26歳の露天商の青年が道ばたで果物を売っていたところ、認可を得ていないということで果物と秤を没収された。役所に秤の返還を求めに行くと、女性職員に侮辱され賄賂を要求されます。これが3回にも及んだので、彼は役所前で焼身自殺を図りました。これがきっかけで抗議デモが拡大して行き政権が倒れました。
これが、3年前のことです。それにしても、この「焼身自殺」にぼくは、アジアの同胞を感じてしまうのです。白人は決してこんなことはしません。
この「ジャスミン革命」次々とアラブ世界に飛び火してゆきます。いわゆるアラブの春です。
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KAZUYA_CHANNELが素晴らしい

KazuyaTopScreen最近なにげなくKAZUYA_CHANNELという動画サイトを見た。これがなかなか面白い。
てきぱきとした口調と明確な論理性、こんな若者がいるとは心強い限りだ。
どんな人かと調べてみた。
名前は和也というらしいのだが、KAZUYA(一般人)としか明かしていない。
生年月日:1988(昭和63)3月2日で、25歳の若さだ。生まれは北海道で身長は175㎝としている。
25歳といえば、高度成長もバブルも知らず、デフレスパイラルの中で生まれ育った世代である。それにしてもこの若さで、どこでこのような知識と歴史観を身に着けたのだろう。
誰か先生がいたのかもしれないが、その大半はネットだったのだろう。
このKAZUYAチャンネルをみて、疑問に思ったら自分で調べてください。そしてほかの人に発信してくださいと呼びかけている。

この動画サイトを始めたのは、昨年(2012年)の暮れに、友人の結婚式の動画作成を頼まれたのがきっかけだったとプロフィールで語っている。
今年の2月頃から政治ネタが増え始め、今はそれ一色である。YouTubeとニコニコ動画に毎日午後9時にアップしている。
すべては、2分足らずの動画である。彼は目的を次のように語っている。
「はっきり言って今の日本はおかしいです。特にマスコミが公平とはかけ離れた報道を繰り返すので、まずは日本の問題を知ってもらうための「入り口」を作ることが急務だと感じています。」
右も左も日本の歴史を知らないのが問題ともいう。全く同感である。
ぼくも常々、政治家の人たちは右か左はあっても垂直軸がないことが問題だと思っている。垂直軸とは日本の歴史であり、歴史観・国家観である。さらにいえば、こんなことを言うと超右翼などと意味ないレッテル張りをする人がいることを覚悟していうと、日本の国体を認識しているかどうかということである。

面白いし共感を呼ぶ内容だから、当然のことなのではあるが、今年2月には登録者数1000人だったのが、政治ネタに集中しだしたあたりから急増し、5月に10000人、6月に20000人となっているという。
今の若者は、正しく見る目を持っているということのなのだろうと思う。
先日の「たかじんのNOマネー」に橋下市長が登場し、全コメンテータの集中砲火を浴びながらあっぱれにも孤軍奮闘していたが、それを見ていた視聴者アンケートによれば、70%が橋下の意見を支持するという結果が出て、コメンテータたちが慌てる様子が見て取れ、興味深かった。そうなると、普段は巧妙に隠している生地が出てくる。
全マスコミのコメンテータのほとんどすべてが、東京裁判史観から脱却どころか、完全浸潤硬化状態の頭脳となっている見事な証左のようだと思った。

ともかく、KAZUYA_CHANNELをお勧めする。
政治ネタではないものを一つ挙げておく。






「父の日」雑記

日曜の夜、一緒に会食しようと息子一家からの誘いを受けた、近くのイタリアンだと家内がいう。
珍しく日曜日に家にいると聞いたからなのだろうかと思った。
子供たちが集まって我が家で会食をすることは時々あっても、外でというのはあまりないことである。
家内に理由を尋ねると、聞かなかったけど「父の日」やからなんと違う、という。
「父の日」は、元はなんだったんだろう。
紀元節が天皇誕生日になり、新嘗祭が勤労感謝の日などと、伝統的な名前は敗戦後言い換えられた。大東亜戦争は、GHQによってアメリカ側の呼称である太平洋戦争と変えられた。日本にとって戦場は決して太平洋でなかった。だから、サンフランシスコ講和条約で独立を回復した時、すべては元に戻すなり、問題があれば言い換えるべきだった。
ずっとずっと昔、まだ二十歳代の頃、カラチの大使館の人たちは、「天皇誕生日」とはいわず「紀元節」と呼んでいた。その時、中東から帰国途中の日綿の商社マンが、ガーデンパーティの芝生の上で「大東亜共栄圏」とか「大東亜戦争」という言葉を話したのが、新鮮に響いたのを記憶している。
最近になって、こうした呼称が大いに気になっているところだった。そういう訳で、「父の日」の元はなんだったんだろうと思った訳だ。
家を出る前に大急ぎで調べたら、これはどうやらアメリカ伝来で、1950年に制定されたということが分かった。
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中国解放軍・意識調査アンケート

 先日の中国の地震に関する報道で、地震の被害が出ているにもかかわらず、テレビでは抗日ドラマを流し続けていて、そんなのは止めて災害情報を流せという不満が出たというのがありました。
 この抗日の大河ドラマは連日放映されていて、人々はもう慣れっこで、真剣に見ている訳ではない。だから、あまり気にする必要はないという意見も聞きます。
 そうはいっても、子供への刷り込みというのはかなり決定的なものですから、安易に見過ごすわけにはいかないと思われるのです。しっかり調査して、中国にはそういうことをやることは決して両国のためになんの益するところもない、止めることが日中友好でしょうというべきではないでしょうか。日中友好の議員先生にお願いしたらいいと思うのです。

 以下の記事は、実は大分前に書いたのですが、内容がおぞましすぎるので、載せるのをためらったままになっていたものです。先日載せた「揚子江屍豚大量投棄の真相」の記事に、一緒に中国にいたことのある友人が「いいね、っていうか、コワイですね、中国についてリアルに認識するのは。」とコメントしました。それを読んで急にこの記事を憶い出したという訳です。
 という訳で、やっぱり載せようと考えたのです。
坂東忠信氏 発信元は、元刑事の坂東忠信氏で、この方は警視庁で北京語通訳捜査官をやっていて、中国人の犯罪や中国の裏情報にも大変詳しい人のようです。桜チャンネルの討論番組で、坂東さんが紹介した中国解放軍の意識調査アンケート結果をピックアップしました。意識といってもとんでもない意識なんですが・・・。
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スイス・ヘルメスのかなタイプ

 国会議員の稲田朋美さんのお父様が講演なさるから行きませんかと誘われた。稲田朋美議員には、おかしげな女性議員が多い中で、大変好感を持っていた。
 誘い手は、そうしたぼくの気持ちを見透かしたかのように「この親にしてこの子あり」というでしょと追い討ちをかけて来た。
 演題は「新かなはなぜいけないのか」というもので、興味がないとはいえないものだったので、日曜日の午後、四条烏丸の第五長谷ビルに出かけた。
 会場には、竹田研究会と同様に日の丸が鎮座しており、そこは「頑張れ日本!全国行動委員会京都府本部連続セミナー」の会場だった。
 そう思って見回してみると、桜チャンネルで見覚えの顔が見えた。(谷田川惣氏)

 演題は「戦後の国字改革の問題点を考える」というものだった。演者の椿原泰夫氏は洛北高校の校長を勤めた人だったことが後になって分かり、お話をすればよかったと思った。
 講演は、詳細な資料が整えられており、いくつかの本の紹介もあって、内容の濃いものだった。椿原先生の話を聞いて、思い出したことがいくつかあった。それについて書いてみようと思う。
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おかしい日本語

bookcover 先日、スーパーのマツモトに行くと、入り口の脇に古本市がたっていた。なんとなくこの100均の書棚を一巡すると、『問題な日本語』という本が目につき買ってきた。「どこがおかしい? 何がおかしい?」という副題がついている。このタイトル自体何となくおかしい?
 出版元は大修館書店で、『明鏡国語辞典』編者の北原保雄という人が編者となっている。奥付をみて、この人はぼくと同い年で筑波大学学長をやり、筑波大学名誉教授であることが分かった。
 この本は、2004年12月初版なのだが僅か3ヶ月後の2005年3月には14刷になっており、すごく売れたことが分かった。各項目が短く、どこからでも読めるので、大変読み易くて、取り上げられている項目が、大変身近な言葉であることが、理由と思われた。
 なかなか面白いということで、早速トイレ図書館の一冊とすることにした。

 「全然いい」という項がある。
 全然というのは、否定文に使うもので、こういう使い方は間違いだと、ぼくは思っていた。ところが、そうではないという。
 江戸時代後期に中国の白話小説(口語体で書かれた小説)で使われたものを取り入れるようになったもので、「全く然り」をつづめたものだそうだ。
 漱石の『三四郎』には、「そこで三人が全然翻訳権を与太郎に委任することにした」とあり、芥川の『羅城門』には、「下人は始めて明白に、この老婆の生死が、全然自分の意志に支配されているという事を意識した」などとある。この本では、「全然」についてさらに突っ込んだ分析をおこなっているのだが、ともかくこの用法が間違いではなかったことは、少し意外であった。
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