乗馬の思い出

パキスタン・カラチの海岸で

パキスタン・カラチの海岸で。

 初めてぼくが馬に乗ったのは、たぶんパキスタン・カラチの海岸でのことで、それ以前に日本での体験はなかったと思います。それは、1965年のカラコルム・ディラン峰遠征の時のことでした。
 大使館のM氏が愛車のオペル・レコルトで連れて行ってくださった。大量の船荷のカラチ港への陸揚げ業務や現地調査の為に本隊より何ヶ月も前に入国していたぼくは、毎日のように大使館に出かけ、仕事を手伝ったり夜はパーティーに連れて行ってもらったりしていました。
 何年か前、池田首相が東南アジア4ヶ国歴訪の一環としてこの國を訪れた時、「こんな暑いところで仕事をしていらっしゃる皆さんは大変です」と、お金を下さったので、それでこれが建ったんです。M氏がそう説明したのは、カラチ市街地のそばの海岸・フォークスベイに立つシー・ハウスでした。(調べたら、池田首相の訪パは1961年のことで、彼はまるで安倍さんの地球儀俯瞰外交の先駆けをやっています。東京オリンピックを招致したのも彼だったようですが、ぼくがパキスタンに行った1965年に癌でなくなっています。65歳でした。政権は東京オリンピック閉会の翌日、佐藤栄作氏に禅譲されました。富国強兵によって日本の地位を高めたのはまさしくこの人だったと思います。)
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京都新聞から産経新聞へ

 朝日新聞を止めたのは、もうずいぶん前のことです。
 とはいえ、朝日はなんとなく高級な新聞だという気がしていたし、父親も戦前から朝日を取っていたこともあって、新聞といえば朝日だと思っていました。
 ちょっとおかしいんではないかと思い出したのは、たしかベルリンの壁崩壊とそれに続くソ連邦崩壊などの歴史的事件の後だったように思います。だから1990年代のことです。
 どうも朝日は世界の動きが分かってないんではないかと思うことが多かったのです。それでも、ほかの新聞と読み比べたりはしてませんでしたから、けしからん新聞だなどとは夢思ってはいませんでした。その頃は、英字新聞のヘラルドトリビューンを半ば恰好付けみたいな感じで取ったりしていましたが、熱心に読むのもしんどいので、見出しを見る程度でした。
 そんなわけで、相変わらず朝日を惰性で取り続けていたわけです。
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iMacへのデータ移行とバックアップ環境の整備(承前)

 新しいiMacを前にしての最初の作業は、旧iMacからのデータの移行だった。
 この前のMacBook Proを買い替えた時のデータ移行は、FireWireケーブルで本体を繋いで、時間はかかったもののなんなく終わった。その記憶があったから、今回もその時買ったケーブルを使えばいいと簡単に考えていた。

Thunderboltケーブル。 稲妻形のマークがある。

Thunderboltケーブル。
稲妻形のマークがある。

 ところがいざケーブルを繋ごうとして、このケーブルは使えないことが分かった。現在では、いつからそうなったかは知らないのだが、Thunderboltというケーブルを使うというのである。
 調べてみると、この規格のケーブルはインテルがアップル社と共同開発したもので、USBの倍のスピートを持っているという。
 このケーブルだけに数千円も必要なのかと、少々うんざりしながら、旧iMacの接続用コネクターを調べたら、FireWireはあるけれど、この新規格のThunderboltの口はなかった。このiMacが出た時にはFireWireが最速だったのだからなくて当然と思った。でもどうやって繋ぐんだ。
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iMacの新調

 家内のiMacが不調をきたした。
 この現在のマックのデスクトップは2007年に買ったもので、マックのCPUがモトローラーからインテルに変わったときのものだが、システムのバージョンアップには限界があり、OSX10.7のライオンが限度で、10.8のマウンテン・ライオンはもちろん、現行のマーベリックスに上げることは出来ない。

「ボンダイブルー」(ボンダイはオーストラリアにあるビーチの名から取ったと言われる)と称されたカラーの初代iMacは、箱形をしたベージュ色のコンピューターを圧倒した。

「ボンダイブルー」(ボンダイはオーストラリアにあるビーチの名から取ったと言われる)と称されたカラーの初代iMacは、箱形をしたベージュ色のコンピューターを圧倒した。

 我が家には何台ものマックのデスクトップが、もう使うこともなく陳列状態である。
 ここで、名目上家内用としてのデスクトップの変遷を述べてみよう。
 ぼくが、家内に最初に買い与えたデスクトップは、l998年発売の有名なマックで、色は独特のブルーだったが翌年には5色の各種カラーのものが発表され、これは1999年度グッドデザイン賞金賞を受賞した。
当時はまだメールも一般的ではなかったし、家内は使うといっても用途は限られたもので、使うソフトもエクセルだけといってよかった。
 彼女は、エクセルだけしか使えず、本来の計算ソフトとしてだけではなく、ワープロや宛名印刷までなんでもかでもエクセルでこなす特技を持っているというのが、ぼくの弟子たちの間でもでよく知られた事実だった。
 エクセルには、データベース機能が充分でないので、ぼくが4Dというデータベースソフトで書かれた『AS会計』というソフトを薦め、以後バージョンアップを続けながら、このあまり人に知られないソフトで税務管理などもこなしていたが、さすがに現在のマックのOSには対応していないようだ。
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習近平さん、しっかり(補習ではなく)学習します。

盧溝橋

盧溝橋

 7月7日、北京郊外の盧溝橋にある中国人民抗日戦争記念館で、盧溝橋事件77周年記念祝典が催されたそうです。ここに習近平首相が出席しました。なぜ77周年なのか。なぜこれまで首相なぞ出ることもなかったこの式典に習近平は初めて出たのか。
 これを近平さんの焦りと見る人もいます。これまでだったら、ちょっと圧力をかけ脅しただけで、簡単に引いていたから、これだけやったら必ず屈服するはずだと思った日本が、いっこうにビビることもなく平然と耐え、諸国の評価を受けつつタイアップを計りつつある。色々政変を狙って画策することは、ことごとく上手くいかない。いらいらして、常軌を逸するようなこともやりかねないような状態になってきているともいえそうです。(7月15日の報道によれば、サンフランシスコに「抗日記念館」を来年9月に建てる計画があるという。ますますやりだしましたねぇ)
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安倍さんのオーストラリアでの特別演説

安倍首相の演説

安倍首相の演説

 安倍首相は先の7月8日、日本の首相として初めてオーストラリア議会で演説しました。
 それは24分にも及ぶ長いもので、おまけに英語でのスピーチでした。その全容は、官邸のフェースブックにもYouTubeで載っているので、ぼくもしっかり聞きました。
 なんとも素晴らしい内容で、途中で何度も拍手がわき起こり、最後には全員のスタンディング・オベーションを受けました。
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中華民族の夢・習近平の妄想

 騒がしかった集団的自衛権も、ああでもないこうでもないという不毛の、もってまわった理屈の擦り合わせの末に、ようやく閣議決定されたようです。ぼくとしては、この結果は最初から予想していた通りの筋書きの進行だったので、別になんとも思いませんでした。
 とはいえ、これで日本もふつうの國になる端緒が開かれたともいえるわけで、ホッとしてはいます。
 この集団的自衛権容認は自民公明のパフォーマンスともいえる談合の末に決まったともいえるようで、これはあの忌まわしい河野談話も談合だったことが明らかになり、そうすると閣議決定なるものはなべて談合の結論といえるのかもしれません。
 もともと閣議決定というものは全閣僚の署名を必要としますから、パチカン選挙みたいなものでそれなりの擦り合わせが必要なのでしょう。
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サッカー・ワールドカップの戦いを観て想ったこと

 サッカーのワールドカップの決勝トーナメントが始まりました。
 今日録画してあった決勝トーナメントのギリシャ・コスタリカ戦を観ました。まことに熾烈な戦いで、手に汗にぎり、画面に釘付けのまま見終わりました。
 前半は0−0で推移。後半にはいってすぐコスタリカの地をはうようなミドル・シュートがあっけなく決まります。どうやらキーパーはシュート動作が他のプレーヤーの影になって見えなかったようです。
 ギリシャは、日本戦のときとは別のチームのような戦いざまで攻め立て、コスタリカのディフェンダーは2枚目の警告をもらって退場し10人となります。ここぞとばかりギリシャは攻め込みますが、同点ゴールは奪えず、そのままロスタイムに入り、ギリシャの命運もつきたかと思われた時、シュートのこぼれ球を蹴り込んで同点ゴールが生まれました。
 必死に守りを固め逃げ切るつもりのコスタリカにも、終了間際になって集中が途切れ、ギリシャのパワー・プレーが功を奏したのでしょう。
 延長戦に入っても双方得点は出来ず、PK戦となりました。先攻はコスタリカで、3人目までは双方とも成功させますが、4人目になってギリシャが失敗し、5−3でコスタリカの勝利となりました。
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「韓国が勝つより日本が負ける方がうれしい」

 ようやくW杯が始まり、コートジボワール戦が終わりました。
 「葉巻のけむり」に書きたいことが次々にあったのですが、このW杯の初戦が気になって気になって筆を執る気にならなかったのです。
 テレビもワールドカップにかかわる番組が満載でした。これまでのW杯の試合はもちろん、12年も前の日韓大会の試合も放映されていました。現在とは全く違うサッカーに時代の推移を感じ、世界のサッカーの進歩も読み取れるように感じました。
 日本代表のサッカーも、全く違ったものになっていることが見て取れます。それは、コンフェデレーションカップの試合や直前の三つの強化試合を見ても歴然としていて、日本が徹底的な攻撃サッカーに変貌したことを示していました。
 日本のサッカーは、イビチャ・オシムによって変革の端緒をつかみ、ザックさんによって大きく変わったのではないかと思っていました。
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訳の分からん上海の日本国領事館の対応

 このところ、マスコミを賑わわせていた大阪・西成区の准看護師・岡田里香さん殺害事件の重要参考人ともいうべき日系ブラジル人の女性が、上海の日本領事館に出頭してきたのだそうです。
 ところが、なんと領事館はこの女性の身柄をチャイナの公安当局に引き渡したのです。
 この事実を知ったのは、今日(5月28日)の正午のニュースでした。いや驚きました。なんでなんや。無性に腹が立ったのです。
 その腹立ちは、かつて日本海で海上保安庁の巡視船の二隻に体当たりした船長を公務執行妨害で逮捕しておきながら、時の民主党政権は、これをお咎めなしとして、ファーストクラスで送り返したという話を聞いたと時の憤りに似た感覚だったかも知れません。
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